井の中の蛙大海を知らず、何度この言葉を言われたかわからない。
否定はしなかった。できなかった。俺にあったのは井戸の底より狭いこの厨房だけだった。
まだ暗いうちから起きて、粉を運び、湿度計とにらめっこしながら仕込みをする。
遅れて他の従業員がやってくる。ねぎを切ったり出汁を準備をしてもらっている。
誰に教わるでもなく親父のみようみまねの麺の仕込みをする。
親父はもう何年もベッドから起き上がれていない。
いつか食べた親父のうどんの味はもう思い出せない。
思い出せるのは昨日食べた自分の麺の食感だけ。
井の中の蛙大海を知らず。
この店のやり方以外は知らない。
他の店のうどんと比べることもしない。
比べるのはガキの時分に食べたであろう、記憶の中の朧気なうどんと過去の自分のみ。
籠るように潜るように、ただ深く自分だけと向き合う。
粉に塩水を数回入れる。今日の湿度だとこのくらいだろうか?
教科書に書いてあればいいのに。
そんなものないからノートにその日の温度と湿度を書いて水の分量を書いて一から計っていた。
そのうちそんなこともしなくなり、感覚で水を入れるようになった。
空気を並べく入れないようにゆっくりと入れる。
ほんの少しだけ粉っぽさが残るまで入れ、そしてこねる。
テレビで踏んでいるのを見たことあるが。そのほうがよいのだろうか?
でも親父は手でこねていたのだ。
その背中を確かに見ていた、はっきりと思い出せないけど。
だから手でこねる。
聲が耳の中で反響する。
「○○ではこうしていたよ」「他ではこうだったな」「あの店と比べるとどうだろうな」「親父さんのうどんはもっとうまかったな」
もしかしたら、他の店の技の中に答えがあるのかも?
間違ったやり方なのかも?
不安で不安で死にたくなる。
昨日の俺も一昨日の俺もずっと不安のまま。
それでも、親父の残してくれた厨房とその姿の中に答えがあると思うので。
今日も必死やっています。
塩・水・粉、こいつらと俺と厨房、それだけの閉じられた世界。
井の中から出るつもりはない。
比べるのはガキ頃に、世界一旨いと心から信じたあのうどんのみ。
井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る。
見上げるしかできないからこそわかることもあると信じている。
コメント一覧
理想を求めるうどん職人の姿、かっこよいです。狭い世界にいても高みを目指す生き方私もしたいものです。
>howameさん
感想ありがとうございます。人と比べるよりも自分と比べるほうが逃げ道が無くて大変だと思います。
一途だなぁ。私なんかは「他の方法も試してみなよ」なんて思っちゃうんですけれど、たぶん、彼の中では父親の味がスタートラインで、そこまでたどり着くまではまっすぐに進むことしか考えられないのかもな、と思いました。
そうしてたどり着ける場所もあるかもしれないし、そうしなければたどり着けないところなのかもしれないし。まさに、求道者ですね。
>ヒヒヒさん
感想ありがとうございます。返信遅れてすみません。求道者って言葉ピンときます。
追う立場の大変さを感じる今日この頃です。
一心にひとつの方法を信じて追う。それが、父親で、師匠であるっていうのがなんかすごくかっこいいですね。
僕は小説読みません
読むのは此処だけです!
即ち、流れに作風が流されるのが嫌なんですよね
これからはガラパゴスの蛙が尖ってて素敵だと思います。
>なかまくらさん
感想ありがとうございます。
信じ続ける苦悩もあると思います。主人公のような筋の通った生き方に憧れます。
>鉄工所さん
感想ありがとうございます。
作風は結構ぶれる私ですw。
鉄工所さんの作風はその世界観や雰囲気もぶれることない骨子があると思います。
私はダルマガエルがぷりちーだと思います。