僕は君に一目惚れだった。
上司から頼まれた仕事を嫌な顔一つせず、笑顔でこなす君が好きだった。
最初は片想いのままで良いと思っていた。
しかし、君に対する気持ちが限界に達し、3年前のある日、レストランに君を呼び出し僕は告白した。
君は迷った顔を浮かべて「返事は今度で良い?」と訊かれた。
フラれたと思った。
それからというもの仕事場では君の姿は見かけるも、以前のように君の顔は見られなくなっていった。
そんなある日。いつものように引き出しを開けると、一通の手紙が入っていた。
そこには
『今夜10時に、この前の場所で』と記されていた。
久し振りに君の顔を見ると以前と変わらない笑顔で僕を見つめていた。
僕は胸が躍るような思いで待ち合せの場所に向かった。
僕が君に告白したレストランの入り口の前に立っていた。
2人でレストランに入店し、告白したときと同じ席を君はしっかりと予約していた。
最初は他愛もない話から始まり、君は僕を見透かしたように「告白して次の日から私の顔を見なくなったね」と笑って話してくれた。
それから食事も一段落して君が「この前の話なんだけど」と重い口を開いた。
暗いトーンで話しだし僕は覚悟した。
君の返事は「ごめんなさい」だった。
覚悟を決めていたが「何で?」と訊いた。
そして、君の口から信じられない言葉が飛び出した。
「私にはね肺に大きな腫瘍があるの・・・・・・」
僕は「え?」と訊き返した。
そうすると君はさっきよりも暗いトーンで「今はこうして元気だけど、肺に大きな腫瘍があって、医者からも過度な運動や仕事はダメだって」
僕は頭が混乱していた。
君の話は続く。
「それでね、この腫瘍見つけたときにはもう遅くて、野菜中心の食生活にしなさいって。おかしいよね」
まだ頭の中の整理はついていなかったが「おかしくなんてない!」と僕は声を荒らげた。
他の客が一斉に僕らを見るのを感じた。
君はまた口を開く。
「ありがとう。だからやっと、最近いつ死んだって良いや、と思えるようになったんだ。なのに健(たける)から告白されて、正直嬉しかった。でもこのまま健と付き合っていたら、やっと死への覚悟が出来たのに、また死にたくない、という気持ちが込み上げて来るじゃない。だから・・・・・・」
君の言葉を遮って僕は「それでも良い。君が倒れても僕が面倒を見る。その覚悟は出来ている。だから」背筋を伸ばして「僕と付き合って下さい」ともう一度告白した。
「ありがとう」君はそう言って口を閉ざした。
その日は、そらから何も話さないまま別れた。
次の日。仕事場に行き、いつものように引き出しを開けた。
見覚えのある一通の手紙。
そこには
『昨日はありがとう。昨日の言葉に嘘偽りがないんだったら、健の気持ち受け止めます。私も健の言葉で再び生きる希望が湧いてきた。』そう書かれてあった。
文末には電話番号とメールアドレスが記されていた。
読み終えたあと君の顔を見るといつもと変わらぬ笑顔がそこにあった。
こんな幸せな日々が長く続けば良いと思った。
しかし時間というものは残酷なもので、そうは待ってはくれなかった・・・・・・
付き合って2年が経った日のことだった。
何気なく、ただ家でぼーとしているのにも飽きたため、理由もなく君に電話をかけた。
コールが5回ほど鳴ったところで、切ろうとしたとき、通じた。
「もしもし」と呼びかけると、出た相手の声は君の声ではなく男性の声だった。
男性曰く、自分は医師で君が倒れて病院に運ばれた、と言ってきた。
偶然なんだろうか、君の緊急事態をいち早く知れて、僕は急いで病院に向かった。
医師からは一命を取り留めたと聞かされたものの、君の口には人工呼吸器が、腕には点滴がされてあった。
そこで初めて君の両親に会った。
怒鳴られると思った。
しかし父親からは「娘の支えになってくれてありがとう」という、感謝の言葉だった。
それからというもの君の看病を中心とした生活が続いた。
最初は君も元気に話せていた。
でも次第に君の口数も減り、とうとう話さなくなった。
それでも呼吸しているということが、僕の生き甲斐だった。
そして、その日はやって来た。
彼女の父親から電話があり、先ほど娘が息を引き取った、と報せが届いた。
覚悟はしていた。
しかし目からは大量の涙が零れた。
病院に駆けつけ両親に挨拶をし、冷たくなった君の頬に手を当て「今までありがとう。頑張ったね」と、彼女の顔に涙を落としながら、何度も何度も呟いた。
悲嘆に暮れ、病院を出ようとしたとき、ナースから一通の見覚えのある手紙を受け取った。
宛先には『大好きなあなたへ』と書かれてあった。
大事にポケットの中にしまい、急いで家に帰った。
手紙の封を切る。
なぜだかは分からないが、正座をして、手紙を読んだ。
『遺言 ~大好きなあなたへ~
この手紙を読んでいるということはもう私は逝ってしまったんだね。
健に会えなくなるのは本当に悲しいけど、涙を流している健の姿なんて、私は好きじゃないので泣かずに読んで下さい。
健の涙腺弱いから無理かな (笑)
本当に今までありがとうございました。
健が告白してきたのは、本当に嬉しく、だからこそ、健を悲しませたくなく断ってしまいました。
だけど今は、本当に幸せです。
健の笑顔、健の泣き顔、健の困り顔、私にとって全ての表情が宝物でした。
これから先も健に幸せになって欲しいので、切れたミサンガを入れておきます。
健には「長く生きられるように」と言っていたのですが、本当は「健に運命の相手が、早く見つかりますように」と願っていたんだ。
ミサンガが切れたってことはもう少しで私の願いが叶うということかな。
私のことなんか忘れて、早く運命の人と結ばれて下さい。これが私の最後の願いです。
お元気でね。お幸せに。
健の幸せを願っている人より』
その夜。
健は噎び泣いた。
あとがき
毎回、タイトルが悩みます。。。「無題」でいいのかなあ、という気もするのですが、腹を痛めて産んだ子に、名前を付けない親がいないように、頭を悩ませて生んだ物語に、タイトルを付けてやらないと、可哀想な気がするのも事実です。
さて今回の物語なんですが、この世にある物語で、何度も何度も擦られ色褪せ地肌が露出している、最愛の人が死ぬ物語です。
遺書にこんなことを書く女は、正直言って、私は好きじゃありません笑
最初は、名前を決めずに「僕」と「君」で行こうとしたのですが、無理でした。本当は名前を決めないで、登場人物を読んでくれているあなたと、あなたの恋または愛している人のことを思い浮かべて、読んでもらうようにしたかったのですが、自分の力不足で、このような物語になってしまいました。
アドバイスや感想、お待ちしております。
コメント一覧
おっしゃるとおり、最愛の人を亡くすは、よくあるストーリーかも知れませんね。しかし、間違いのない、飽きがこない、鉄板のストーリーでもあると思います。ナイスチョイスです!
さて、本作。すらすらと流れるように読めました。すらすらと読めた、と言うことは読者に読みやすく書かれている、と思います。
また、そんな中、「君」が特徴的でした。これは今回の創作の方針だったのですね。なるほど。
個人的には、
・告白までの、どきどき感
・彼女が長くないことを知っても尚、告白したシーン
・彼女が亡くなり、悲しみにくれる主人公の様子
が好きでした。
けにお21> コメントありがとうございます。すらすらと読めた、ということで物凄く嬉しくなりました。
自分も色々な小説家の本を読むのですが、すらすらと読めた小説だと、読んだ後に爽快感が生まれるんですよね。そして、そんな気持ちになったときに、ああ自分もこういう物語書きたあなあ、と思うんですよ。
ありきたりな物語でしたが、楽しく読んで頂けたのなら、幸いです。
ありきたりだからこそ、描き切るのが難しい。
私はそう思います。二人の初めから終わりまでを見事に描いているなと思いました。
ひとつ、いうとすれば、最後の言葉は、違う言葉がある気がします。
なかまくら> 最後の言葉、というのは、遺書のことでしょうか?
死を間近に迫った人の心情はどういうものなのか、そのことを考えたら、やはり付き合っている人のこれからの幸せを願うはず、そう思い書きました。
でもこういう異論があるからこそ、ここのサイトに書いて良かったと思います。
何年後か、または自分自身の死が間近に迫ったとき、改めて読む機会があったとし、そのときの自分だったらどう描くのか、そんなことを思うと楽しみになります。
コメントありがとうございました。
また意見があれば、宜しくお願いします。
自分も現実でこんな手紙を書かれたら…と思ってしまいました。もし、自分が信頼していた人が亡くなってしまったら、そりゃあもう涙がぼろぼろ流れ落ちますよ。同性でも異性でも、大切な人を守ってあげたい。そんな気持ちでいっぱいでした。自分は涙もろい方なので、これ読んだら涙が出そうになりました。参考になります。ありがとうございました。もしよかったら、自分の作品も読んでいただけると嬉しいです。(長文失礼しました)