空を見れば、憎らしい程の快晴だ。
私は大きく息を吸い、吐き出す。
特に意味はないその行動だが、彼女は気になったらしい。
「大丈夫?」
そう問いかける。振り向けば、心配そうな顔で私を見る見慣れた少女の姿があった。
「大丈夫って何が?」
「いや、溜め息ついたから、何かあったのかなーって」
「何もないよ。単に深呼吸しただけ」
「ならいいけど」
彼女は心配性だ。それはよく思う。
例えば、私が料理をしようと包丁を握れば心配そうに見つめてくるし、テレビで悲劇的なドキュメンタリーがあれば、チャンネルを変えようと騒ぎ出す。
まあ、その原因が私にあるのは否定しないが。
「ねえ、今日は何処行くの?」
「晴れているし、山にでも行こうかな。一緒に町の景色でも見てゆっくりしよう。君もそれでいいだろう?」
「いいね。もしかして、山ってあそこ?」
そう言って、指を指したのは近所にある小さな山。前にも一緒に行った事があり、その時も一緒に景色を見た。
「そう。まあ、お金も無いしね。定番の散歩コースだよ」
「いいんじゃない?私、散歩好きだよ」
そう言って、彼女は上機嫌に笑った。
私は、そんな彼女の笑顔が好きだ。だから、彼女が笑って、つい顔がほころぶ。
心配性で、たまにうざったくも感じるが、それでも彼女がいとおしい。
「あら、こんにちは」
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。そちらに視線を向けると、確か、近所に住んでいるおばさんだ。
買い物帰りか、手にはエコバッグが二つ。
「こんにちは。買い物帰りですか?」
「ええ。息子が最近食べ盛りで、量が増えて大変よ」
おばさんは聞いてもないのに、愚痴を話す。そうなると長くなりそうなので、話を無理矢理にでも切り上げてしまおうと思った。
「私は、山に散歩に行きます。天気もいいですし、今なら夕方にも帰れますしね」
「あらそうなの。気を付けてね」
「ええ、では」
そう言って、私はさっさと通りすぎていく。彼女はあのおばさんは苦手なのか、先程までの饒舌とは違い、黙ってしまった。
大丈夫だよ、一緒に‥‥
「あ、そうそう」
その時、おばさんは思い出した様に言う。
「あの、彼女さんの事だけど‥‥」
「大丈夫ですよ」
遮る。その言葉だけは、言わせない。
「大丈夫です。お気遣い無く」
目を見つめ、おばさんに言う。おばさんの顔は何故か蒼白になり、慌てて去っていく。
笑顔のつもりだったのだが、気にくわなかったらしい。
「大丈夫?」
心配性な彼女は訊ねる。
「大丈夫だよ、さあ、景色を見に行こう」
そうして、歩き出す。差し出した手は彼女の手を握り、二人で並んで歩き出す。
彼女はいるのだ。亡くなってなんかいないのだ。
ずーっと、私の隣で、彼女は笑って、私を心配して、そこにいるのだ。
私は、ずっと、彼女と人生を歩んでいく。
それが本当は幻で、存在していないとしても。
それが、私の幸せなのだから。
あとがき
思い付き。亡くなってしまった彼女と、心が壊れたしまって、彼女の幻影を作り続ける男、的な話。
心の何処かで死を認めつつ、でも大部分は認められない的な。
そういうので、書いてみました。
コメント一覧
むかしテレビで、亡骸となった息子の猿をずっと連れ歩いてる母親猿がいるのを見ました。
もう死んでるのに、信じられない、信じたくない、などからか、ジャングル内で、死体を連れ回す母親猿。
連れている小猿は、見るからにグッタリし、腐ってもいそうでした。
愛とはそう言うものか、とその時思いました。
さて、本作、忘れられない彼女を隣に居るものと信じ込もうとしている主人公。
おばさんは、彼女を亡くして・・・
などと主人公にとっては最も聞きたくない言葉を言おうとしたのでしょうね。
主人公に対して、
いつまでも引きずっていては君の人生が暗いものになる、現実を見て前を向いて歩きなさい。きっと天国の彼女も君が幸せになることを願っているよ。
などと、アドバイスしてあげたいところですね。
尤も、愛が深いと、簡単に立ち直れるものではなく、主人公のようになっちゃうのでしょうね。仕方がない。
何日、何ヶ月、何年かかるかわかりませんが、ほっておくしか無さそうだ。
けにお21様
コメントありがとうございます。
書きながら考えたタイプのお話なので、色々と粗があるかと思いますが、ご感想いただきありがとうございました。
読んでいただき、とても嬉しかったです。
現段階では、彼にはなにも届かず、それを良しとしてしまっている状態なので、とにかく待つしかないんでしょうね。その先は、決して周囲から見て幸せではないとしても。
人物が丁寧に描かれていて、好感が持てます。
前半のしあわせな雰囲気とのギャップが、辛いです。
日本映画をみているような文章がいいですね。
彼の転機を見てみたいなぁ、と思います。
なかまくらさん
ありがとうございます。
思い付きで書いたものですので、褒められると照れますね(笑)
彼の転機ですか。どうしたら彼が変われるのか、それはやはり、彼女の死に向き合うかとかの何かのきっかけを要するかもしれないですね。
初めまして
周りが肯定するくらい
「遺影」と幸せに生きている方も、お見受けします。
受け止めなくても良いのですね
心の汗が空からになって…
爽やかになる日までは
それを見守ってくれる人との交流が良い方向だと思います。