「ここが……聖地と呼ばれる場所なのね」
やっと、やっと来ることができた。
近くにあるのはわかっていたけれど、ずっと行くことができなかった。でも、いつまでも行けないままだとダメだもんね。
電車に揺られて四十分、ルナはとうとう辿り着いたんだ。
アニメショップ天草
見覚えのあるアニメグッズがいくつも並んでいる。どれもとても魅力的で、やっぱりそれなりの値段がして、さすが聖地と呼ばれるだけのことがあるわね。
でも違うの。ルナがほしいのはあなたたちじゃないの。
周囲を見渡すが、『アレ』が見当たらない。目に見えにくい場所に隠れているのか、とも思ったけど何度確認しても存在を感知できない。
「……ないっ」
ルナが一番好きなアニメが、目当ての商品が、一つも、何一つもない!
ずっと探していたのに、ここならあるってインターネットで調べてきたのに、勇気を出してここまできたのに! ルナがここに来た理由が……なんにもないの。
そんなのは絶対にだめだ。『アレ』がないと……『アレ』がないと、絶対にっ!
仕方ない、最後の手段をとろう。
「すみません、あの…ここに『フレンドラブル』っていう作品のグッズって……おいてませんか?」
水色のエプロンをつけた店員っぽい女性に声をかけた。
店員さんはかけていた眼鏡をくいっとあげ、こちらに目をやる。長い黒髪が優雅になびき、脚はすらりと長くジーンズが良く似合っている。目元を形の良い眉が縁取り、なんというか、大人のお姉さんという文字をそのまま具現化したような人だな、と思った。同じ女性として色気で完全に敗北していた。たぶんというか間違いなく性格も良さそうだ。
く、悔しい。いいもんっルナだってルナだって、あと数年もすればボインボインになるもんね!
店員さんは困ったように眉をひそめた。
「申し訳ないわね。その作品は現在取り扱ってないのよ。えっと、新作アニメがあるとどうしてもそちらを優先して並べることになるからね、ほんとにごめんね」
律儀にお辞儀までされた。
そこまでご丁寧に謝られるとこちらとしても立つ瀬が無いわけで。
「あー、うん、いいんです。大丈夫、全然平気です! そうですよね、ないものは仕方ないですよね」
あたしは取り繕って店員さんと同じくらいの角度でお辞儀をした。
ないものはないんだ、仕方ないよね。もっと前に、『フレンドラブル』がアニメで放送している時に来るべきだったんだ。
フレンドラブル……。完全無欠の生徒会長とその従者であるこれまた完璧美女の二人が活躍する日常系学園アニメ。
ルナが小学三年生の時にお兄ちゃんと一緒に見たアニメ。「この二人はほんとすごいな!」って目をキラキラさせてたお兄ちゃんの顔を、ルナは今でも覚えてるよ。
あの時はほんとに楽しかったなぁ、お兄ちゃんの膝の上にのって、一緒に見ている時にはしゃいでいるお兄ちゃんの顔が思ったよりとても近かったから、ルナ、ドキドキしてたなぁ。あの時間はお兄ちゃんと過ごしたルナの大切な宝物。
「ねぇ、ねぇってば、あなたどうしたの? 大丈夫?」
店員さんの言葉で気が付いた。心配そうにルナを見ているものだから何かと思ったら、いつの間にかルナは涙を流していたらしい。
「え――あ、ごめんなさい、なんか――そんなつもりはなくて――」
店員さんは更に心配そうな表情になりハンカチを貸してくれた。
ハンカチを受け取ってなんとか涙は止まったが、ルナがなにも言わないからか、店員さんは次に困ったような顔をして、最後に考え込むように腕を組んだ。
「えっと、突然泣いてしまってすみません。ルナはもう平気だから」
心配させまいと無理に笑顔をつくろうとしてもうまくいかず顔を引きつらせていると、
「そうだっ!!」
店員さんは突然そう言うと、目を輝かせて「ちょっとまっててー」とレジの向こうへ消えていった。
どうしたんだろう? と数分待っていると、A4紙ノートくらいの四角い箱を抱えた定員さんが戻ってきた。
「これよこれ! とりあえず開けるわね!」
年代ものなのか、それなりに埃をまとっていた箱を開けると、中には丸い時計らしきものが入っていた。大きさ形からして掛け時計だろうか。
「ふっふっふ、この時計はねぇ、なんとねぇ! なんとねぇ!『フレンドラブル』の限定時計なのでぇぇぇぇぇぇす!!」
店員さんは「どやぁぁぁぁぁっ」という言葉を顔に張り付けたような表情で言った。
「どう? すごいじゃろ? すごいじゃろぉ? うちのオリジナルなんだよーどうすごい?」
「そ、そうですね、すごいです」
店員さんのあまりの勢いにルナは圧倒されていた。
じゃろ? って……いくら美人でもこれはどうなんだろう、とルナがたじたじなっていたら、その間に店員さんは時計を箱から取り出してみせてくれた。
「え――すごい」
時計の全体が露わになってわかったことだが、角度を変えると絵が変わるタイプのデザインをしていた。一つはヒロインの生徒会長が仁王立ちをしており、一つは二大完璧美女がクッキーを食べている映写で、一つはメインキャラクター四人が集まってる絵だ。また、時計の中だけでなく、外側にもキャラクター絵がいくつか掘られていた。全体が茶色っぽいアンティーク感漂う雰囲気を持ちながら、遊び心をしっかり備えている。
「とても……素敵な時計ですね」
あまりの出来の良さにルナは少し感極まっていたのかもしれない。こういう時は常套句しか思いつかない……でも、ほんとに大切に造られた時計なんだということは一目でわかる代物だった。
店員さんは満足そうに頷く。
「うんうんそうでしょう? でもね、この時計はうちではほとんど使わないのよ。このまま物置にしまっておくだけってのも良くないと思うのよね、わたしは」
そう言って店員さんは、ヒマワリのような笑顔でこう言ったの。
「だから大切にしてくれる誰かを探してたのよ! というわけで、この時計、あなたがもらって!」
「え――でも、そんな素敵な時計をもらうことなんて……」
「いいの! なんだかわからないけど、この作品が痛いほど好きなのはわかったし、あなたみたいな人なら間違いなく大切にしてくれると思うから、だからもらって! あ、料金はいらないわよ? 非売品だから値段とかつけるの面倒だし」
「…………」
ルナはなにも言えなかった。
店員さんはルナの表情を承諾と受け取ったのか、そのまま時計を箱に戻し、袋に詰めていく。ご丁寧に綺麗なラッピングまでしてくれた。
「はいどうぞ! ん、どうかした?」
店員さんの素敵な笑顔がルナにはまぶしくて、ルナは後ろを向いて店の入口まで駆けてしまい、そのままお店を出た。
また、涙が流れてきた。でも、大丈夫だ。今度は悲しい涙じゃないから、大丈夫。
ひとしきり泣いた後、ルナはお店に向かって声をあげたの。
「美人の店員さん! 時計、ありがとうございました! あとハンカチもっ」
店員さんは扉の向こうからこちらを見ていた。声が聞こえたかはわからないけど、ずっとずっと笑顔でいてくれた。
また来よう、この素敵なお店に。
コメント一覧
おおお、なんとも素敵なお話ですね。ホッコリさせられました。
好きな箇所は、そこまで丁寧に〜と、熱がこもった時計の説明場面でした。
この子はお兄さんのことが大好きだったのですね。それでそのアニメに執着している、ってことかと。
女性として、店員に対抗意識を抱いたところも、女性の感性に思えました。
初見です!店員さんが優女すぎて泣きそうになりました…(笑)
こういう小説も個人的結構好きな方なので、このような小説もどんどん書いてください♪