サクは巷でも評判の悪餓鬼だった。
親はなく、当然家族と呼べるものもいなかった。ただ暴力を振るうことでかろうじてその命を繋ぐような生き方をしていた。
彼は捨て子だった。気がついた時には孤独だった、きっと最初からひとりだったのだろうと彼は思っている。
文字を覚えるより早く盗みを覚えた、必死で生きていた。
人を騙し、脅し、暴力をふるいなんとか生きていた。
一人で孤独に生きていた。
ある日、彼は盗んだ食糧を隠れ家へ運んでいた。綺麗な月が出ていて夜道は明るかった。
しばらく歩いていると道の先に小さな虎がうずくまっていた。どうやら弱った若虎らしい、縄張り争いにでも敗れたのか体中にひどい怪我を負っていた。
痩せていて飢えている虎を見ていると何かが這いあがってくる気持ちになり
サクは背に隠していた曲刀に手をかけた。
虎は何もいわず彼を見つめていた
そして問答無用に切り殺した、そして毛皮を剥いだ。
虎の毛皮は高く売れる。小さな弱った虎は絶好のカモだった。
そのまま、隠れ家にはいり物品を整理して布団に入った。
次の日、目を覚まして皮を売ろうと隠れ家を見まわしたがどこにも毛皮はなかった、盗まれたかと思ったが自分の家に入りしかも気づかずに盗む輩がいるとは思えない。
幻覚でもみたのだろうか、しかし確かに手ごたえはあったが…
釈然としないまま彼は町に出てそしていつも通り悪事を働き餌を手に入れた
その夜、また隠れ家へ帰る途中
昨日殺したはずの虎がそこにいた。勘違いかもしれない…しかし確かにあの時殺した虎だった。
サクはまた曲刀を取り出し再び虎を殺した。今度は毛皮は剥ぎ取らなかった
次の日もその次の日も虎は出てきたそしてサクはそのたびに虎を殺した。
殺さなくてもよいとも考えたが虎をみると得体のしれない感情に支配され殺してしまうのだ
恐怖にも似たその感情は彼がこれまでの人生で何度か感じたものだった。
幸せそうに歩く誰かを見た時のような感情だった。
4回目に虎と会った時サクは虎に話かけた
「お前はなぜ何度も俺の前に出てくるのだ?俺に何をして欲しい」
虎は何も言わず彼を見つめる。その夜も彼は虎を殺した、彼は他の生き物に対し自分ができることして「奪う」こと以外を知らなかった。
そして8回目に虎を殺した次の日、彼はヘマをした。盗みが途中でばれてしまったのだ。
逃げる時に背を切られ、焼けるように熱い背を感じながらなんとか追ってを振り切りいつもの道へ逃げ込んだ
そこには虎がいた、いつもの虎だった。
サクはそこで動けなくなった、血を流しすぎていたのだ。
そんな彼を見て虎は初めて起きあがりサクのもとへ歩み寄ってみた。
サクは覚悟した。ここで俺は喰われるのだと
それもよいと彼は思った。何度も殺したこいつに殺されるなら本望だ
思えば俺の人生本当に残念だった、満たされぬ時を過ごした
虎はサクに近づくとゆっくりと顔を近づけ
…頬を舐めた、まるで彼を気遣うように彼の頬を舐めているのだ
サクはその暖かさのなかにやさしさを感じた。傷だらけの死にかけの飢えた虎の愛を感じた。
彼は動かない体を懸命に動かし虎を抱きしめた。
それは、ずっと一人でいた彼が本当にしたかったこと
奪うだけの人生を送るしかなかった彼が心の底から欲していたこと
虎はまるでそれの行為を待っていたかのようにされるがままに抱きしめられていた。
彼は死ぬその時に生まれてはじめて自分が何かを与えていることを実感した
次の日竹林に向かう道に一人の盗賊がまるで何かを抱くような体勢のまま穏やかな顔で死んでいた。
傷だらけで痩せたその風貌に、見る人はなぜか虎を思い起こしたという。