ただ君をナンパしたいだけなんだ 前偏

  • 超短編 3,253文字
  • 恋愛
  • 2022年02月09日 02時台

  • 著者: 3: 茶屋
  • 初めて会った時は良く覚えている。

     昔から可愛いものが好きだった。ヒーローの変身セットよりもぬいぐるみ派だったし。
     ライオンよりも子猫が好きだった。
     別に誰もそれを矯正しなかったし、普通に近所の男の子とも楽しく遊んでいたから、問題はなかった。

    「やっくん。今日から保育園じゃぞ。頑張ったら今日は煮つけを食わせてやる」

    「わかった。じいちゃん、かえりのクルマにきをつけろよ」

    「おおう、孫に心配されるほどボケておらん。これから将棋倶楽部でナンパしてくるぞい」

     爺ちゃんに手を振って別れた後、オレはすごいものを見つけてしまった。

    「やだぁあああ、おかあさあああん」

     そう泣いている彼女は太陽の欠片のようだ。
     キラキラと金の髪に青い瞳。ぷっくらとしたホッペ。
     なんかもう、めちゃくちゃに可愛い。同じ世界の生き物とは思えない。
     流す涙すらも美しく、そこだけ世界が違って見えた。

    「ヒナ。お願いだから、泣き止んで、お母さんと約束したでしょ?」

    「おいてかないででぇえええええええ」

    「ねぇ、あそぼうよ」

    「ふぇ?」

     青い瞳を赤く腫らしながらその子がこっちをみた。

    「じいちゃんがいってた。おんなこがないてたら、とりあえず、さそえって」

    「さそえ?」

    「ナンパっていうんだ。オレはヤシ」

    「ヤシ? ヒナはヒナ」 

     それが、太陽の欠片との出会いだった。
     彼女の名前は日向 雛。
     どこぞの国のハーフであることはそれからずいぶん後に知った。
     母離れできなかった彼女はいつもよく泣いて、そしてオレが保育園に引っ張っていったのだった。
     そのころは中もよかったが、彼女すぐに成長し、なんというか生意気になった。

    「ふん、ヤシ。砂場をよこしなさい」

    「わかった」

     どけようとすると、袖を掴まれた。

    「……いっしょにおやまを作るの」

     それは、一緒に遊ぶだけなのでは?

    「ヤシ、本をいっしょに読むわよ。ひらがなをおべんきょうするの」

    「いま、ようこちゃんをナンパしているからダメ」

    「……なら、ヤシいっしょにナンパする」

    「わかった」

     先生から怒られたけど、どうしてだろう?

     年長になる頃には、すっかり命令口調。だけれど、それでも彼女の可愛かったので許せた。
     爺ちゃんが言っていたけど、顔がいいと何やっても可愛いらしい。
     確かに彼女がわがままを言っても、なんか許せてしまう。
     可愛いは強い。

     だけど、それも小学生になるまでだった。
     他の学区からも人が集まり、彼女はあっという間に人気者になった。
     当時やっていたテレビアニメで彼女のような金髪のキャラクターがいたのが大きな理由だろう。

    「ヒナ、一緒に帰ろうぜ」

    「今日は無理。クラスの友達と遊ぶから」

    「わかった」

     そんな感じで何度か断れると、なんだか誘いづらくてそのまま僕らは疎遠になった。
     爺ちゃんにそのことを言うと。

    「やっくん。良い男というのは悲しい別れを繰り返すのじゃよ」

    「爺ちゃん。またフられたの?」

    「……」

     爺ちゃんはナンパは上手だけど、彼女と長続きしないのだ。

     季節は廻り、僕らは中学生になった。
     オレは子猫を誕生日に買ってもらい、家で遊んだり、友達とひたすら走っていた。
     なんか知らんけど、オレの周りでは走るのが流行っていた。
     鬼ごっこ、リレー、かけっこ、延々と走っている小学生時代だった。
     可愛い女子達とも友達になれたし、ヒナと疎遠になったことを除けば楽しかった。
     ヒナはたまにすれ違うが、凄い目で睨みつけられる。

     中学生になると、さらにいろいろな人が増えた。可愛い子もたくさんいる。
     うん、クラス分けは上々、可愛い子もいるな。

    「ナンパしよう。保っちゃんもどうだ?」

     入学式で隣に座っていた縁で友達になった保っちゃんをナンパに誘うが、顔の前で手を振って断られた。

    「いや、無理だろ。ヤシ、お前……勇者だな」

    「可愛いは正義だ。そして女子は可愛い、グェッ」

    「フンっ!」

     鼻息と花の香りが流れていく。ヒナが後ろから追い越してきたのだ。
     すれ違い際に肘を入れられた。話さなくなって久しいが、たまにこうして肘を入れに来るのだ。
     暗殺者なのか、それにしてはあまりに可愛すぎるだろう、彼女は隠れるのに向かない。
     脇腹を押さえていると、保っちゃんが興奮した様子で肩を叩いてきた。

    「おい、今の日向ひゅうがさんだよな。お前知り合いなのか」

    「時々、肘鉄を入れられる」

    「マジかよ。すっげえ」

    「ヒナのこと知っているのか?」

     保っちゃんは少し遠い地区に住んでいると聞いたが?

    「いや、知っているだろう。だってクォーターだぜ、めっちゃ美人だし。大人っぽいし、同じ年に見えないもん」

     確かに、ヒナは背が高い。オレよりも高いかもしれない。
     むぅ、爺ちゃんの指導の下、牛乳をたくさん飲んでいるのに……。
     ヒナはより可愛くなった。
     顔立ちははっきりしてきたし、昔は泣き虫だったのに今はいつも怒ったような表情をしている。
     でも可愛い、本当に可愛い、手足がすらっと伸び、青い瞳と長い睫毛がキツイ表情を引き立てる。
     ちょっと猫っぽい。そして可愛い。仕草がよいのだろう、ピンと背中を張った姿勢と立ち姿が美しいのだ。

    「流石の、ヤシも日向さんはナンパできないだろ?」

    「……必要ない」

    「だよなぁ、あんなに可愛いもんな」

     彼女はオレがナンパしなくても、上手くやるだろう。
     さぁ、オレは他の女子を探そう。

    「いくぞ保っちゃん。入学してすぐの友達がいない寂しそうな可愛い女子を探すのだ」

    「ヤシ、お前、鬼畜だな」

     ちなみに、その日のナンパは全て失敗に終わり、入学早々オレは変人の称号を与えられた。
     中学になっても、可愛いものをめでるか、ナンパするか、走ることしかしてなかった。
     俺は二年生になった。背が伸びたと思う。ヒナは別のクラスだが、最近は肘鉄すら入れに来なくなった。

    「ヤシ、知っているか?」

    「なんだ保っちゃん」

    「日向さん、山辺に目をつけられたらしいぞ」

    「山辺? あぁ、女子バスケの子だな。スタイルが良いし、そこそこ可愛いな」

    「流石保っちゃん。だけど、あいつって友達が多いだろ。そんで、ツレを巻き込んで日向さんを無視とかしているらしいぜ」

    「なぜ? ヒナは人気者だ。可愛いからな」

     ヒナは世界一可愛い。当たり前のことだ。

    「可愛すぎるからな。山辺さんの好きな人をが日向さんのことが好きだからって理由らしいぞ」

    「……そうか」

     席を立つ。彼女のことが心配だ。

    「なんつうか、お前もお前で損しているよなぁ。このナンパ師め、また他の女子とのセッティング頼むぞ」

     保っちゃんが手を振っていた。どうやらオレに任せるようだ。
     ナンパは複数人の方が効率的なのだがな……。
     二つ隣にクラスに行くと異様な雰囲気だった。
     いつも人だかりができるヒナの周りにぽっかりとスペースができている。
     ヒナは一人で本を読んでいるが、おそらくずっとページは進んでいないのだろう。
     ただ、顔を伏せていた。

    「ヒナ」

    「……なに?」

     ナンパとは、とにかく相手に話させることだ。
     この瞬間が一番緊張する。ヒナは氷を連想させるような鋭い視線をぶつけてきた。

    「今日は、いい天気だな」

     まずは天気の話、ありきたりだが次の一手に繋げやすい。むしろ次が大事。

    「……」

     ヒナ、まさかの一手パス。これは困った。爺ちゃんがいう所の負けパターンに入ってしまった。
     本来ならここで距離を置くか、別の女子を探しに行くのだが……。
     前の席に座る。誰もいないのだし、座っても良いだろう。

    「……」

    「……」

     この沈黙は敗北に等しいのだが、他に手を思い浮かばない。
     今オレはヒナをナンパしようとしているのだ。諦めの悪さはナンパでは必要なことだ。
     周囲の奴らもこっちをみて、何とも言えない表情をしている。
     他のクラスの人間が来るってだけでも、変な空気なのに、そいつが無言で席に座っているのだ。
     まぁ、変な光景だろうけど勘弁してもらいたい。

     キーンコーンカーンコーン

    「……」

    「……」

     ヒナの横顔が尊いなぁとか思っていたら、昼休みが終わっていた。
     一言も話さなかったが、なぜか充足感がある。

    「またな」

    「……」

     そう言って、クラスを後にする。クスクスと笑われていたが、ナンパとはいつだって後ろ指をさされる覚悟があるものがするのだ。

    【投稿者: 3: 茶屋】

    Tweet・・・ツイッターに「読みました。」をする。