ただ君をナンパしたいだけなんだ 後編

  • 超短編 3,980文字
  • 恋愛
  • 2022年02月09日 02時台

  • 著者: 3: 茶屋
  •  
     放課後、ヒナのもとへ行こうとするもヒナは帰っていた。

    「フム、残念」

     一緒に帰って、久しぶりに駄菓子にでも誘おうと思ったのだが。

    「ねぇ、あんた」

     話しかけられる。山辺だった。手入れしている黒髪に黒い手袋をしていた。
     普段バスケで荒れている手を保護するためだろう。

    「なんだ?」

    「日向さんとどういう関係」

    「彼女をナンパしようと思っている」

    「……一組の変態ってあんたのことね。入学してから何人もの女子を誘ったっていう」

    「多分そうだ」

     変態とはなんだ、オレはただのナンパ師だ。

    「ねぇ、今ね。ちょっと日向さんに立場をわかってもらっているの?」

    「立場とは?」

    「あの子調子に乗ってない、ねぇ皆?」

    「そうよ」「あの髪って染めてんじゃないの」「私もそう思う」

     何人かの同調、その中には男子もいた。

    「流石に、ちょっとキツいよな。遊びに誘っても乗ってくれないし」

    「それは、誘い方が悪い。つまりナンパが下手くそだ」

    「いや、ナンパとかじゃないけどさ。あるじゃん雰囲気っての?

     なるほど、ナンパにおいても断れない雰囲気を作るのは大事だが……。

    「どんな理由があろうとも、ヒナを追い詰めてよい理由にならない」

    「はぁ、何それ! 日向がなんだっていうの?」

     イライラと山辺が詰め寄ってくるので、首の後ろに手を回して引き寄せた。

    「ちょ、えっ?」

    「ヒナは世界一可愛いんだ」

     耳元でそう囁く、これをやった後は大体股間に膝蹴りされるのでガードするが、山辺は顔を真っ赤にしてパクパクと口を開閉している。その隙に教室を後にした。

     翌日。

     早起きして、近所の家の前で待つ。
     ヒナが家から出てきた。

    「……なにしてんの?」

    「一緒に学校へ行こうと思った」

    「それ、普通にキモイ。ストーカー」

     酷い目で見られてしまった。それでも彼女は可愛い。黒いストッキングが可愛い、鞄を両手で持っているのが可愛い、他にもいろいろあるが、なるほどこれは確かに魔性だろう。
     ちなみに「ここで一緒に行ってもいいか?」と聞くのは悪手だ。
     反対しかされないからな。それなら黙ってついていく方がいい。
     明確な拒絶が無い場合はその距離感でよい。これ、ナンパの鉄則である。

    「……」

    「……」

     そして無言、小学生のころは話題が尽きることはなかったが、今は一言も続かない。
     困っていると、助け舟が訪れる。

    「ヤシ君。おはよう」

     同じクラスの峯川さんだ。彼女はオレが一年のころにナンパした女子だ。
     中学二年生にして、非常に人ができている。

    「おはよう峯川。国語のノート助かった」

    「いいよ、また頼ってね。それで? ナンパしているの?」

     ちらりとヒナを見る。恐ろしい目でこっちを見ている。

    「あぁ、ナンパだ」

    「そう、じゃ、邪魔したらダメだよね。何か協力できることがあったら言ってね」

    「わかった。さっそく合コンを、グエッ」

    「バカヤシ」

     久しぶりの肘鉄だった。鋭角に入れてくるあたり、技は衰えていないようだ。
     結局、話すことなく学校についてしまった。だが、昨日よりは幾分表情が良いようだ。
     さっそく昼休みにも教室に行く、すると、今度はヒナの周りに女子がいた。

    「フム……」

     出直すかと思ったが、様子がおかしい、ヒナの周りに女子はいるが誰もヒナに話しかけない。
     ……なるほど壁を作っているのか。男子では突破は難しいだろう。
     しかし、ナンパとは壁を破壊する行為であるのだ。今日は応援がいる。

    「頼む、峯川、耶麻」

    「任せて」

    「マジで、山辺陰湿だわ」

     我がクラスの女子二名に来てもらったのだ、無論二人ともナンパして振られている。
     耶麻はショートヘア―が愛らしい、クラスのムードメーカーだ。
     熱しやすい性格ゆえに周囲と色々あったが、すでにナンパ済みである。

    「はいはーい、ちょっといい」

    「日向さんだよね。食堂で話さない? 個人的に興味あったんだよね。ヤシがいっつもあなたのこと話しているからさぁ」

    「ちょ、なんなの?」

     青い目を白黒させているヒナも世界一可愛いな。
     山辺が何か言っていたが、とりあえずヒナを食堂へ連れてきた。

    「今日は助っ人二人に来てもらった」

    「はぁ、あんたねぇ。どういうつもりよ、当てつけのつもり!」

    「女子がいたほうが、警戒心がとかれてナンパが成功しやすい」

    「この、バカヤシっ!」

     バチコーン。目に星が舞った。神速の左だった。世界が狙える。

    「うわぁ、ちょ、誤解だから。ヤシ君は……」

    「アハハ、まぁ、いいんじゃない? ヤシも悪いしさ」

     首が座らず、ぐるぐるしているオレを峯川は心配し、耶麻はケラケラと笑った。
     ヒナは二人を見て、完全に混乱しているようだ。
     ようやくダメージが回復してきた。

    「ヒナ、困っているなら、助けたい」

    「ヤシになんか助けてもらいたくない!」

    「なぜだ?」

    「ヤシなんて、私以外の女子を、な、ナンパしているんでしょう? 私のことなんてどうでもいいんだっ!」

     ……えっ? なんでそうなった? 今度はオレが混乱する番だった。しかし、彼女はいつかのようにボロボロと泣いて、俺の胸倉を掴んでいる。

    「違うぞ」

    「違わないっ」

    「オレはヒナを世界一可愛いと思っている」

    「嘘っ」

    「嘘ではない、保育園であった瞬間から、心底君に夢中だ」

    「誰にでも言ってるんでしょ?」

    「ううん、違うよ。日向さん。ヤシ君はね、困っている女子を助けているだけなんだ。ただ、なぜかそれをナンパって称しているからややこしいんだけど。私も男子にイジメられていたのをヤシ君に助けてもらったの」

     峯川が冷やした手拭きを頬に当ててくれる。うん、腫れが引いていくようだ。

    「アホだよね。ただ、辛抱強いし、あの手この手でくるし、なんでか上手いこと言っちゃうんだよなぁ。そのままなら本来の意味のナンパも成功しそうなもんなのに、ヤシったら『オレにとってはヒナが一番だが可愛いものには幸せになってほしい』とかいっちゃうからね」

    「……あんたバカなの? そういえば、保育園でも似たようなことしてたような……」

     信じられないものでも見るように、ヒナがこちらを見ている。
     正面から見るヒナも可愛い。

    「そうかもしれない」

    「えっ、まって、小学生の頃。女子を連れていた理由は?」

    「友達がいないらしいので他の友達を紹介していた。まぁナンパだ」

     ちなみにその女子とは今でも時々遊ぶぞ。

    「私を誘わなくなったのは?」

    「ヒナに女子の友達ができて、嬉しそうだったから邪魔したくなかった」

    「……本当に……バカヤシ……皆の前で誘われたら恥ずかしいだけだったの……私、それで誘われなくなって、嫌われたと思って、あんた、ナンパとか言っているし」

    「オレはヒナが幸せなら、それを眺めているだけでよかった」

     バチコーン、今度は右。星が舞う。天の川に揺蕩うヒナも可愛い。
     そしてオレはおたふくのようにホッペがパンパンだ。

    「ヤシ君!?」

    「わぁ、バイオレス。なんていうか、私達お邪魔みたいな?」

    「ええと、そうかも。じゃあいくね。はい、おしぼり」

     二人は去っていくようだ。去り際にヒナに何か耳打ちをしているようだが。

    「ありがとう」

     両ホッペにおしぼりを当てるとひんやりする。周囲の人間はドン引きしていたが、何人かナンパしたことのある女子がいたおかげで、騒ぎにならずにすんでいる。

    「それで?」

    「?」

    「ナンパ、してくれるの?」

     上目遣いで体を寄せてくる彼女の頭を久しぶりに撫でる。

    「無論だ。君は世界一可愛い」

    「ヤシ。本当にキモイ」

     結果から言うと、驚くほど簡単に彼女へのイジメは消えた
     ヒナのダブルビンタを見た男子たちは恐れおののき、それは山辺の想い人も同様だった。
     耶麻あたりは、こちらも復讐をするべきだと言っていたが、ヒナが望まなかったので今回の『ナンパ』はこうして終わったのだった。

    「行くわよ、ヤシ」

    「わかった」

     朝、ヒナと一緒に登校する。一年でオレの方が背が高くなったんだな。
     金髪を揺らす彼女の横顔はなぜか自信にあふれているようで、とても愛おしい。

    「ねぇ、ヤシ。今日、お母さんが久しぶりにご飯でも食べに来なさいって」

    「それは楽しみだな」

    「私思うのよね」

    「なんだ、オレはカレーにはソース派だ」

    「私卵派、じゃなくて。ヤシ、あんたが私と距離を置いて、それで私何もしなかった」

     肘鉄を入れに来ていたけどな。あれはあれで可愛いが。

    「私、距離が離れてもずっと見てた。クラスで無視されていた時もヤシに助けてほしかった。そうしたらあなたがきてくれた。だから次は私の番……あなたが好きよヤシ」

     一つ嘘をついていることがある。あの時食堂で幸せならば眺めるだけでなどと……。
     本当は、一番近い場所でヒナを笑顔にしたかった。
     ただ、怖くて、自分で良いのか自信が無くて。

    『ナンパってのは、つまり寂しそうな女性を助けるってことさ』

     爺ちゃんが言ったそんな、戯言を盾にして他の女子を助けることで自信をつけようとした。
     オレは世界一可愛いヒナの笑顔を守れる男になりたかっただけの、ナンパものなのだ。

    「……ところで、ヤシ。私と話さなくなってから、何人の女子を『ナンパ』したの」

    「数は覚えていないが、まぁ数十人ほどだ」

    「……私、本気で後悔しているわ。これからは学校でも油断しちゃだめね」

    「よくわからないが、オレは君が世界一可愛いくて、大好きな女の子だ」

     そう言って、手を握るとヒナは握り返してくれた。
     細く柔らかい感触に意識が天国に行きそうになる。

    「おはよー、ヤシ君。やっと日向さんと付き合えたんだ」

    「はよはよー。これでやっと、ヤシにアタックできるね」

     峯川に耶麻が左側と後ろから抱き着いてくる。

    「ちょ、何してんのよ! ヤシと私は両想いだったのよ!」

    「知ってるけどさ、だからって諦めなくてもいいでしょ。日向さんとのことが収まってからって『協定』があったからね」

    「そゆこと、結構ガチで狙っている人もいるからね。よろしくヤシ」

    「フム、悪い気はしない」

    「こ、この」

     プルプルと震えるヒナも世界一可愛い。

    「バカヤシイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」

    【投稿者: 3: 茶屋】

    あとがき

    祭り没作品です。
    文字数? なぁにたったの7000字じゃよ。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      ほわみ

      長さを感じさせないおもしろさでしたよ。ナンパには愛情ってものがあるのですね。


    2. 2.

      3: 茶屋

      >感想ありがとうございます。長いのが心配だったのでうれしいです。
      ……愛情があるナンパもあるのです。
      軟派で不器用な男の筋の通ったナンパなのです。


    3. 3.

      20: なかまくら

      自信満々じゃないとナンパなんてできない、と思いきや、ヤシは自信のなさからナンパをしているという彼のキャラクターがすっかり好きになりました。
      素敵なお話でした!


    4. 4.

      3: 茶屋

      >感想ありがとうございます。
      ヤシ君は私も好きなキャラクターなのでそう言ってもらえてうれしいです。