先生「また、算数100点だ。君はすごいな。」
俺は、教室で拍手を浴びるなか、100点と書かれた解答用紙を受け取った。
俺はそう。
若い頃は、とても優秀だった。
特に算数が得意で、だいたいテストは100点か、悪くても95点だった。
その頃の俺は、将来、望むもの、何にでも成れると思っていた。
なんなら、世界征服を成し遂げる力だって、あると思っていた。
しかし、現実はどうだ。
中学、高校と、徐々に学力は伸び悩み、大学受験に失敗した。
就職を目指したが、ことごとく失敗し、学卒後は、しばらくアルバイトをする生活を続けた。
しかし、アルバイトでは大した稼ぎにならず、正社員からは偉そうな物言いで、アホ扱いされ、それでカッとなり正社員に殴り、そのアルバイトは首になった。
他にも、アルバイトを転々としたが、どれも長続きはしなかった。
どうやら、俺には学力だけではなく、コミニケーション能力とやらも低いようだ。
コミュ力が不要そうな、日雇いの土木作業員なるものもやってはみたが、体がキツくてヤメた。
工場で働いてみたが、単調すぎて、飽きてしまい、続かなかった。
結果、実家の部屋に引きこもった。
もちろん、親からは、いろいろ言われるが、仕方ない。
俺は、社会不適合者、なのだから。
社会の中に溶け込めないし、体を使って働くだけの体力も根性もない。
申し訳ない。
情けない。
悔しい。
世界を見るどころか、俺は部屋の中で、毎日、酸素を吸って、二酸化炭素を吐き出す、事しかしていない。
違うな。
稼ぐ事すら出来ない、親の血を吸うヒルだ。
存在自体が悪なのだ。
そんなある日、俺は、手首をカットした。
部屋の中で青くなっているところを、親に助け出されたらしい。
病院で、俺は、親にこう言った。
「どうして、俺を見捨てないのだ? 社会で通用しない俺に生きる価値はないぞ。あんたらに吸着して、あんたらにとっても、迷惑な存在なのだぞ! 邪魔だろ。死なせてくれよ!」
母は泣きながら、こう言った。
「私は、私は、けっして、あなたを捨てないわ。あなたは、私が産んだ大切な子なのだから。私達が頑張って働いて、食べさせてあげるわ。ねえ父さん。」
父「。。。、うむ。」
俺は、言葉に窮し、うなだれた。
なんと、お人好しの親なのだ。
同時に、俺は、死ぬことすら、まともに出来ない人間であることを悟った。
実は、リストカット時、親に助けてもらえるように、少し部屋を開けておいたのだ。
俺は、社会不適合者であると同時に甘ったれなのだ。
ともかく、それ以降、俺は考えることを止めた。
手首をカットして、また親に迷惑をかけてはいけないから。
そのかわり、部屋の中でゲームに没頭することにした。
俗世を離れ、現実から目を背け、ゲームの中で生きることにした。
飯やゲームは、親が用意してくれる。
もちろん、継続して、ゲームばかりやっていると、脳が発酵する。
そんな時には、テレビをつけて、脳への酸素の入れ替えしてあげるのだ。
ただし、テレビをつけると、そこには人間社会と現実が映し出される。
人間社会を目の当たりにすると、自身の不甲斐なさや、未来への絶望から、呼吸をすることすら辛くなり、思わずカッターナイフに手が伸びる。
慌てて、社会の窓であるテレビを消して、息を整え、ナイフをしまう。
ただでさえ迷惑を掛けている両親に、これ以上の迷惑を掛けては駄目と分かっているためだ。
お菓子を取り出し、むしゃむしゃと食べる。
腹が膨れると、眠たくなるからだ。
食べ終えると、耳栓、アイマスクをつけて、布団に横になり、目を瞑る。
ゲームをし続けると、脳が発酵する。
テレビをつけると、リストカットしそうになる。
お菓子を食べて、腹を満たして、寝る。
これの繰り返しの毎日だ。
そのため、体重はゆうに100kgを超えている。
ある日、ゲームをしていると、人間の噂を聞いた。
俺がやっているゲームの世界は、エルフやドアーフと言った、擬似人間は出てくるものの、人間は一切出てこない。
俺は、人間社会が大の苦手だから、人間が出てこないゲームを選んで買って、それで遊んでいる。
そう、人間を一切、排除したゲームのはずなのに、なぜ人間が現れるのだ?
俺は、自分の目を疑った。
しかし、その噂は、隣に住むドアーフの『ポポロおじさん』から聞いたので、間違いない。
『ポポロおじさん』は、嘘をつかないことで有名なおじさんなのだ。
『ポポロおじさん』が言うには、10月31日のハロウィンの日に、イベントで、人間が町に出現し、徘徊するそうだ。
俺は思わず、怒りから、ゲームコントローラーを持つ手が震えていることが自分でも分かった。
俺は『ポポロおじさん』にこう言った。
俺「どうして、人間が現れるんだい。せっかく平和な世界なのに、人間が来ると、競争が生まれ、足の引っ張り合いや、虚栄心や、優越心など、よくない事を植え付けられるぞ。腐ったみかんは周りをも腐らせると言った感じで、人間は、この平和な世界に災いを持ち込み、それを広めてしまう。俺は、人間が現れることに断固反対だ。人間なんていなくたって、こうやって、皆平和に楽しくやってきたじゃないか。人間なんてクソくらえだ!」
ポポロおじさん
「分かっとらんな! 今年のハロウィンは、お前のために、人間を出現させるイベントにしたんじゃ! 隠しても、わしは知っとるぞ。お前自身、実際には人間なのだろう。たまには、人間に触れて、目を覚さないと、お前の人生、ゲームの中だけで終わってしまうぞい。そうじゃなあ・・・人生を一日に例えるなら、太陽が登った時が生まれた時じゃ。そして、太陽が沈むと、死んだ時じゃ。お前は、もう40歳なのじゃから、人生で言うところの、サンセット(日が暮れようとしている)の時期に差し掛かろうとしている、と言える。いいか、人生ってのは、後悔しても巻き戻しは出来ないぞ。10月31日のハロウィンで、見事、人間を受け入れて、これを機会に人間と仲良くするのじゃ。そして、人間に慣れたら、人間世界に足を踏み出すのじゃ! 今ならまだ、間に合う。まだ戻れる。わしらもお前の復帰に応援するぞい!」
いつの間にか、ゲームの画面内、ポポロおじさんだけでなく、他の仲間達も出て来て、皆が俺を応援してくれていた。
俺は、ゲームコントローラーを強く握りしめた。
・・・みんな、ありがとう!
10月31日、俺は、ピンと跳ねたアホ毛を切って身なりを整えると、町のハロウィン会場に向かって颯爽と歩き始めた。
しばらくすると、全国の引きこもりの人間達も、会場に集まりだしたのだった。
コメント一覧
ハロウィンの日に人間が現れるという、一種の逆転が面白いと思いました。
「お祭りの時にだけ、非日常の住人がじぶんたちの世界にやってくる」伝承は
世界各地にありますが、今ではエルフやドアーフの方が日常的になっているところもあるのかもですね。
<アメジスト・トリトゴメス二世>と申します。
ポポロでクロイスな物語をしていた私は、あの頃未知を愛していました。
今も求めています。文章の果てにきっとあるのだと信じています。
人間のいない世界は魅力的でしょう。私もその世界に住みたい。
しかし、私は人間なので外へ行きます。
主人公にとって外へでることは身を切る痛みでしょうが、どうせ周りも人間です。
疲れた時、憩いの場ではきっとポポロな爺さんがいてくれるでしょう。
どうせ爺さんも人間なのです。それなら外もまぁまぁよいと思いたいです。
ポポロおじさんとやらのキャラクターがユニークでした。
人間界に戻れる事を祈ります。
こう言ったファンタジックな物語りは、きっとあの方の。
まあ、茶でも飲みましょう。
にわのはにわです。
不遇な境遇で蓄積した憤懣を、いかに推進力に変えるか。
彼の場合はフィクションの中に住む心優しいお爺さんが
きっかけだった。このお話、これから先にも物語がありそうですね。
題材と調理のしかたから見て、作者はけにおさんと予想します。
立方格子です。好きなものやことを通して社会に復帰する・・・。その中にゲームがあってもいいと思いますね。
最後は感動的で、社会復帰できたような錯覚がありますが、よく考えるとゲームの中で人間に会ったということなんですよね笑 ポポロおじさんのお説教が熱くて好きです。作者さんはけにおさんでしょう。