本当にあった怖い話

  • 超短編 3,388文字
  • 祭り
  • 2021年01月10日 22時台

  • 著者:1: 3: ヒヒヒ
  • あれは2021年の年初のことでした。祝日に会社の部下から電話がかかってきたんです。誰かコロナに感染したのかなと思って恐る恐る電話に出たら、涙声になった部下の声が聞こえてきました。
    「お休み中にすみません」
    その人のことはN子さんとしておきましょう。まだ20代の若手なのですがあまり感情を表に出さない印象がある人でした。その人が泣いていてしかも言っていることが要領を得ない。
    何とか話を聞くと独り暮らしをしている弟の行方が分からないと言う。正月に帰省せず、電話での連絡もなく不審に思って勤め先に聞いたら無断欠勤が続いていると。それで彼の住むワンルームマンションに行ったら誰もいない。
    コロナ禍に耐えかねて失踪か。最近よく聞く話だなと思いました。聞けば去年会社に入ったばかりだそうで、職場にもなじめてなかったらしく、そりゃあ失踪したくもなるかと。ただ分からなかったのがなぜ私に電話してきたか。私はN子さんの教育係ではあったんですが、20歳以上も年が離れたおっさんでもあったので少し距離を感じてたんです。
    思い切って聞いてみるとN子さんはこう言いました。
    「こういうの詳しくなくって、誰に相談すればよいかわからなくって」
    「こういうの?」
    彼女はビデオ通話に切り替えて自分がいる部屋を映しました。M君の住んでいたワンルームでベッドの脇に机、その上にゲーミングPCとモニターという何の変哲もない部屋です。
    「これです」
    と言って彼女が写したのはPCのモニター。デスクトップにアイコンが並んでいるなと思ったら、その端を何かが動いていました。デフォルメされた小さな人間のキャラクター。アニメの本編よりおまけのところで出てくるような2頭身のかわいい感じのキャラです。それが画面の中で手を振っている。
    目のぱっちりとした中性的なキャラクターでした。ダウンジャケットにジーンズ、大きなブーツを履いて、冬にアウトドアに行きますと言う感じ。それが吹き出しを通じて画面の向こうのN子さんに呼びかけていました。
    『姉さん、誰としゃべってるの?』
    チャットボットだ、ただの人工知能だ、と思いました。
    「弟さんが使ってたソフトでは?」
    「それが、このキャラは自分がMだって言うんです。そんなはずないって思っていろいろ質問したんですけど、返事が妙に人間ぽいし、Mしか知らないはずのことすら知ってて」
    面倒なことになったなと思いました。最近の若い人が何を考えているか全然わかんないんですけどそのM君、自分によく似たAIを作ることが趣味なのかなとか考えていたら、N子さんがとんでもないことを言い出しました。
    「Mが失踪した理由とか、このAIから聞き出せないでしょうか」
    断ろうかとも思いました。でもN子さんがあんまりに必死なもんでやれるだけやってみることにしたんです。

    そのM君を自称するキャラと話す環境を作るまでちょっと手間がかかりました。でも話して(?)みると彼がネットに接続できるとわかったので、無料のチャットルームに移ってそこで話すことにしました。その時点でなかなか高度なソフトなんじゃないかと思い始めました。それか手の込んだフィッシング詐欺か何かか。
    でもしょせんただのボットです。話していればそうとわかる証拠を出すだろう、それが分かればN子さんの気も済むんじゃないかと思って私もいろいろ試してみました。算数の問題を出したり、今日のニュースの感想を聞いたりとか。
    彼は難なく答えて見せました。
    『僕が人工知能であると思っていますね?』
     そう返されて私は正直面食らいました。
    「違うんですか?」
    『無理もないです。まさかこんなことができるだなんて、僕も思っていませんでした』
    「何を言ってるんですか?」
    『姉さんの為に僕と話してくださってるんですよね。それなら伝えてほしいんです。僕は失踪もしていないし、死んでもいない。生身の肉体はないけれど、新しい体は手に入れたって』
    ぞっとしましたね。この人工知能は事前に用意した台本を読んでいるだけだとしても、M君がそれをあらかじめ用意していたというわけで、これはただ事じゃないと。
    『あなたはただ、僕が複雑な台本を用意しただけだと思っていますね?』
    「違うんですか?」
    『僕は人工知能なんかじゃありません。れっきとした人間です。その証拠に、そうですね。たとえば漫画や小説を読んで、その感想を言うこともできますよ』
    それならと、私はとある動画のURLを伝えました。その日に配信が開始されたばかりのアニメで、事前に感想を用意することはできないはずでした。すぐに返信がきました。
    『もう見ました。というか配信された瞬間見た。むしろこのために生きていました』
     テンプレじゃねーか、と思ったので、挑発してみました。
    「今日配信されたのは2期だけど、1期の最終話は残念だったよね」
    『は? あなた見てないでしょう? あれ以上の最終話はないですよ、最高ですよ』
    「どう最高なの?」
    それから30行を超える長文が返ってきました。最初の配信の時は1話で視聴をやめてしまったこと、その後、去年の10月に改めて全話見たときに1話で切ってしまった自分を心底呪ったこと。アホ毛は好きじゃなかったがこのアニメだけは例外であること、2期は1期から少し時間が経っているがそこからどうストーリーが発展するのか楽しみなこと等々…。
    それから30分は通常の会話ができず、これをすべて一からプログラムしたのだとすればそれはそれで怖いとさすがに引きました。
    だから聞いたんです。
    「そこまで楽しめるものがあるなら失踪する必要なかったんじゃない?」
    『失踪じゃないです。身体を捨てただけです』
    「肉体を捨てたってことでしょ? 聖地巡礼できなくない?」
    『どっちにしたってできないじゃないですか』
    錯覚でしょうか。私は画面に表示された文字列に、静かな怒りが込められていることを感じました。
    『好きなことをしようと思っても、できないじゃないですか』
    「やってる人はやってるでしょ」
    コロナ禍が続いていると言えども、楽しむ方法はあるし、楽しんでいる人はいる。
    『俺は無理です。無理でした。いつかは終わるなんて甘い言葉を信じることもできないし、終わらないなら自粛する意味もないって割り切ることもできない』
    まさに堰を切ったようでした。M君が次々にメッセージを投稿し、チャットのログがものすごい速さで流れていきます。私は読み漏らさないようにするので精いっぱいでした。
    『俺、入社した時からテレワークで、いまだに同期全員の顔すら覚えてないんです。会社じゃWEB会議はボイスオンリーで、指導社員の顔すら見れない。黒い画面から出てくる声だけの存在に指導されて、指摘されて、それだけで一日が終わる。パソコン開いて閉じて、パソコン開いて閉じて。部屋の中で酸素を二酸化炭素に変えるだけ、それだけの生活』
    「アニメとかさ、楽しめるものを見つけたんじゃないの?」
    『楽しもうとはしました。でも、だんだん無理になってきました。普通の会話シーンを見るときさえ密だ、とか、飛沫が、と思ってしまうんです。非日常を求めてアニメを見てるのに、そこにすら現実が入り込んでくる。画面の中では誰もが笑っているのに、俺はそれに共感することもできない。同じ経験を追体験することすら許されない。旅をしたりキャンプしたり仲間を作ったり、そんなことさえできない。その時思ったんです。いや、聞こえたんです』
    その続きを、彼は書きませんでした。いえ、書けませんでした。無料チャットルームのログの上限に突き当たったのです。ですが私は、彼が何と書こうとしたのかわかっていました。

    ――身体なんて捨てちゃおうよ!――

    私にも聞こえたのです。右耳の側で、吐息さえ感じられるくらいの近さから、心底楽しそうな声が、私を誘ったのです。
    私はすぐに娘を思い出しました。大学受験を控えた娘です。その子を置いていくわけにはいかないそう思った瞬間、背後の気配は消えました。

    その後N子さんに電話をするとN子さんは気落ちした声で電話に出ました。
    彼女はこう言いました。チャットでのやり取りを見ていたが、あれが人工知能だとは思えない。Mがどこかからメッセージを送っているに違いない。だからもうしばらく、Mを探してみる。そう言って、彼女は電話を切りました。
    それから1年が経ちましたが、M君は見つかっていないそうです。

    【投稿者:1: 3: ヒヒヒ】

    あとがき

    みなさんこんばんは。使用したキーワードは
    アホ毛・切って・10月・酸素・算数です

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    コメント一覧 

    1. 1.

      1: 3: ヒヒヒ

      考えてみれば生きる楽しさって、おいしいものを食べたり、歌を歌ったり、仲間と触れ合ったりと
      身体なしにはできないことが多くを占めます。ですが、それさえできなくなったとしたら、私たちには何が
      残されているのか。そういう意味で恐ろしい話だと思いました。


    2. 2.

      3: 茶屋

      <アメジスト・トリトゴメス二世>です。
      こういう作品好きです。
      誰とも交流しない世界は、まるで自分が存在しないように感じるものです。
      それならば、いっそ情報の世界そのものになってもいいじゃないかと、そう思います。
      主人公には家族がいた、守りたいものがあったから踏みとどまれた。
      羨ましいです。私はAIにはならないでしょう。それは恐ろしいからです。
      意志をもって踏みとどまれないでしょう、惰性で生きていきます。
      きっとM君の気持ちがわかるからこの物語は怖いのです。
      そういうの好きなんです。 


    3. 3.

      1: 9: けにお21

      なかなか面白い発想!
      コロナ禍は、味気ないですよねー
      また、人間関係って面倒くさいっすねー、いっそパソコンの画面内に・・・こわー

      はて、さて、この作者はねー、うーん
      あっははははー、いーひひっひー!


    4. 4.

      1: 3: ヒヒヒ

      にわのはにわです。
      怖い話、とタイトルをつけて怪異の出現を予想させつつ
      実際は、人間の気持ちについてフォーカスを当てたお話ですね。
      段落や改行のしかたを変えて偽装はしていますが、
      題材や構成から見てヒヒヒさんによるものでしょう。


    5. 5.

      20: なかまくら

      立方格子です。確かに怖い話でした。コロナで普段は考えもつかない囁きも聞こえてくるのかもですね。
      シャットダウンされちゃったら、どうなるんでしょうね。PCとともに死ぬのか、むしろ永遠の命なのか。
      想像が膨らみますね。
      こういう閉じ込め的な作品で、昔読んだことがある作品がありまして、それが、ヒヒヒさんのウォークマンみたいなのに入っている音楽家の話だったと思います。というわけで(?)ヒヒヒさんかな、と思いつつ、爪楊枝さんの線もあるのでは、と。