海老原さんのエビフ的人生

  • 超短編 2,224文字
  • 祭り
  • 2021年01月01日 14時台

  • 著者: 20: なかまくら
  •  ぼくがその高校に転校していくと、同じクラスに絵にかいたような美人さんがいた。海老原さんだ。そして、江舟という名字のぼくは、彼女の後ろの席になってしまうのだった。そして、ぼくの一風変わった高校生活が始まってしまったので、ここに記録しておこうと思う。

     授業。海老原さんは、小首をかしげて頬杖をついて、板書をノートに写している。2時間目の数学の時間には、「分かる?」と一度学校に不慣れだろうぼくに気を遣ってか、振り返った。かわいい。これがいけなかった。

     昼休み。まだまだ馴染めていないぼくは、母の作ってくれたお弁当箱の包みを開くところだった。
    「おい、エフネっつーの、面、貸せや・・・」
    強面の学ラン上級生が、開いた扉の枠に手をかけて・・・こちらを見る目はまさに虎! おいおい、今年は丑年! 1年早いよ虎視眈々! 腰に手を当てた上級生の手が淡々と・・・くいっくいっ! ぼくは狐のようにしおらしく、おずおずと屋上に連れていかれるのだった!

    屋上に上がると、そこには5人の男子高校生たちが全国制覇世界征服夜露四苦ぅ、な感じで集まっていた。左から、アホ毛、丸眼鏡、リーゼントカット、発酵食品(納豆を頬張っている!)、大仏と瞬時にネーミング。それを知ってか知らずか、こちらを見る目は厳しい! 何かの気に障ってしまったのだ。これが、転校生に対する洗礼! とある宗教に入信するときは、頭から水を被って己のこれまでの罪を洗い流すという。罪!? 平凡に生きていきたいという罪!? それを罪というのなら、・・・ギルティ。すなわち、罪!?
    「おい、エフネ。お前には、2つの選択肢がある・・・」
    ぼくを屋上に連れてきたリーゼント=カット先輩は、ヤンキー口調でぼくに迫る。ごくりっ!
    「・・・いいか、」
    緊張しすぎて、酸素が足りなかった! 酸素! 算数! サンセット! 酸素! 算数! サンセット! 頭の中で夕焼けのサンセット! 護岸堤防の上を走り出すアホ毛、丸眼鏡、リーゼント、発酵、大仏、そしてぼく! ジャージ姿の海老原さんがなぜか自転車に乗って、ぼくたちの後ろからついてきている。運動不足のぼくはすぐに息が上がる! そうか、海老原さんか! 海老原さんなのか! 胸がどきどきする! 酸素が足りない! 酸素! 算数! サンセット!
    はっと我に返ると、リーゼント先輩は何かしらを言い終わっていたようで、ぼくの返答を待っていた。こいつはマズいぞ! おい、酸素! なんだい、算数? 何と答えたらいいんだ、そう、せーの。

    「・・・サンセット?」

    「さーせんだとぉ? いいか、お前に与えられた選択肢は、」
    あ、間違えるともう一回言ってくれるようだ。優しいぞ! リーゼント界の村人A!
    「海老原さんの動向を我々に伝えるか、席替えを所望するか、なんだよぉ・・・!」
    ぽかんとしたぼく。頷くアホ毛、丸眼鏡、リーゼント、発酵、大仏。そして、・・・サンセット。繰り返し。

    こうして、ぼくと海老原さん親衛隊の皆さんのおかしな日々は始まった。
    「いいか、海老原さんはなぁ、外見はカリッとしていて、なかなか近づけねぇ・・・だが、中身はたぶんプリッとキューティできっとお人形とかが部屋に飾ってあってだなぁ・・・」
    リーゼント先輩が猛烈に愛を語るのだが、丸眼鏡先輩がヤレヤレとそこに口を出す。
    「太郎は、そんなだからフラれるんですよ」
    「いや、フラれる未満というか、実際フラれるところまでいけてない」
    発酵がチーズを齧りながら、ボソッと言う。ラブレターを書いたところまでは良かった。それをあろうことか、彼女の家のポストに投函しようとしたのだ! しかし、リーゼントに間違いは起こるもの! 海老原家の隣の大仏の家に投函されてしまったのだった! 大仏が開眼したのは、アホ毛曰く、長い付き合いの中で、その時だけだったという。紅葉の綺麗な10月のことだった。秋の川が真っ赤に染まったのは、それはそれは綺麗だったという。なお、大仏様は、普段は心の目で、海老原さんを遠くから御守りしているらしく、それはそれで結構クレイジっている。


    さて、文化祭や体育祭、遠足などでは可能な限りの露払いを勝手に承り、毛虫を払い、小石を拾い、飲みかけのジュースの缶で不快な思いをさせてはならんと、拾い上げた。雨にも風にも負けない、丈夫な肉体を保つために、日々のトレーニングを欠かさない。東に困っている海老原さんがいれば、行ってさりげなく海老原さんの友人を助けに呼び、北に悪い人間の噂があり、巻き込まれそうな海老原さんがいれば、親衛隊の筋肉でこれを制した。

    ぼくらの中には暗黙のルールがあった。決して抜け駆けはしないこと。それを裏切ってしまえば、大仏の中の大仏様が開眼してしまう。親衛隊の結束は固かった。だから、今から話すこれは絶対に秘密にしておかなければならない。

    とある(言えないが)14日のことだ。
    「江舟くん、ちょっと数学教えて」
    そう言って向かい合わせになったぼくに、彼女は明日の課題の質問をする。
    なんてことのない問題を、時間をかけて丁寧に解説する。それが終わると、
    「ありがとう、これ、お礼だよ」 そう言って、小箱がプレゼントフォーされる。
    「あ、ありがとう・・・でも、これ」 心の目がこちらを見ている気がしてか、すごくドキドキしていた。彼女はカリっとしていて動揺を見せない。
    「わかってる。あの、面白い皆さんのことでしょう? だから、・・・内緒ね」
    そう言って、唇に人差し指を当てた彼女の顔は少しだけ赤く、たぶんぼくの顔は茹でた海老の尻尾のようになっていた。

    【投稿者: 20: なかまくら】

    あとがき

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    コメント一覧 

    1. 1.

      1: 3: ヒヒヒ

      文章の勢いがすごい。虎、丑、狐、ヤンキーにアホ毛に大仏、そして魅力的な同級生。
      わずか2000字のお話の中で青春がぐるぐる回る。個人的には「一年早いぞ虎視眈々」がツボでした。


    2. 2.

      3: 茶屋

      <アメジスト・トリトゴメス二世>だったりします。
      語感でガブリ寄りされた気分です。リーゼントという飛び道具ですら、この作品で村人モブになるのか……。
      やはり個性は大事。エビフライのような女性という切り口が新しく楽しい。
      子供に好かれ、男性は抗えない魅力です。
      一回目は何だこれとなり、二回目は語感を味わう作品でした。
      よい油で揚げていますね。


    3. 3.

      1: 9: けにお21

      コレは、確かに文章に勢いがあります!

      うーん、何となく、コレは、この作人は、あの方かと。

      茶、でも飲もうか?


    4. 4.

      1: 3: ヒヒヒ

      にわのはにわです。
      文章の勢いが話を引っ張っていく、超短編ならではのお話ですね。
      登場するキャラクターも、エビフライみたいにかわいい女の子を始め
      みんな個性がある。
      「一年早いよ虎視眈々」これは間違いなくなかまくらさんですね。


    5. 5.

      20: なかまくら

      立方格子です。勢いと言葉遊びって感じですね。「!」の出現頻度が異常に高いですね。2000字で33回ですから、60字に1回びっくりしている計算です笑
      恋の行方が気になる感じでした。作者はなかまくらさんでしょう。