魔女と門番

  • 超短編 2,199文字
  • 祭り
  • 2020年01月04日 22時台

  • 著者:1: 3: ヒヒヒ
  •  お初にお目にかかります。
     聞けば、ここではいま、楽しいお祭りが開催されているとのこと。
     よろしければ、私からもお話をお聞かせいたしましょう。
     旅をする魔女と、元ネズミの従者の話です。

    ――――

     城
     その城は、山が湖に接するところにあった。
     かつての領主が蛮族の襲来を防ぐために築かせた城だが
     百年前の聖戦で陥落して以来、絶えて城主がいなかった。
     山裾に広がる城下町は、ぽつりぽつりと人が去り、緩やかに滅びつつあった。

     悲鳴
     城下町には宿が一軒。新しい客が来ると、宿の主人はまずこう言う。
     「夜、何を聞いても驚かれぬよう。恐れることはありません。
      この街は祝福されていて、守られているのです」
     もし客が、主人を信じて一泊すれば、その人は必ず夜明けに目を覚ます。
     城から聞こえる、世にも恐ろしい悲鳴を聞いて。
     主人を問いただせば、こんな答えが返るだろう。
     「あれは兵士たちの声なのです。戦いに敗れて散った、兵たちの無念の声」

     従者
     夜が明けると、従者のダニーは魔女のカタリナに、プルプルと震える声で語った。
     「悲鳴だけではありません。
      僕らが宿に泊まったあの晩、一晩中、誰かが城の中を走っておりました。
      私は元ネズミですから、耳はよいのです。
      その何者かは城の中を駆けながら、窓を揺らしておりました。
      がたがた、がたがた、と、北にある窓から、一つずつ。
      足音は、そして悲鳴は、おそらく一人分のものでした」
     そこまで言ったところで、彼はすぐに後悔した。
     『こんなこと、カタリナ様にお伝えするべきではなかった』
     怯える従者に向かって、魔女のカタリナは、いたずらっ子のように微笑んだ。
     「ちょっと調べてみましょうか」

     戦
     本当なら負けるはずがなかった、と、町民たちは今でも信じている。
     百年前の聖戦の日、城主は十分な兵力と備えを用意して、城に立てこもったのだ。
     味方の援軍はすぐそばにおり、籠城したその後は、援軍の到着を待つのみだった。
     だが、なぜだか、どうしてだか、南の塔の近くの窓が一つ、開いていた。
     そこから敵が忍び込み、城の守りを内部から無力化して、城門を開けた。
     そして城は陥落した。
     本来、負けるはずのない戦いだった。窓が一つ、開いてさえいなければ。
     その窓は「トマスの窓」と呼ばれている。

     魔女の企み
     山の際に夕日が沈み、町が闇に包まれる。
     無人の城に、大きな音が響いた。
     城の窓の一つが、風もないのに、独りでに閉まったのだ。
     城の、最も北側にある窓だった。昼のうちに、カタリナが開け放っておいた窓だ。
     ダニーが耳を澄ますと、足音が聞こえてきた。
     石で造られた広い廊下を、誰かが走っている。鎧のこすれる音さえ聞こえる。
     城の端から駆けてくる。とんでもなく広い城内を、駆けてくる。
     元ネズミの従者ダニーは、か細い声で尋ねた。
     「本当にやるんですか?」
     魔女のカタリナは、お妃さまのようなドレスをはためかせて、うなずいた。

     従者のダニーは古臭い鎧を着て、城の中を走った。
     城の南から、北側へ――走りながら、窓を揺らせと言われていた。
     施錠されているか確かめるように。
     正確には“確かめているように聞こえるように”。
     窓は、金属の枠に分厚い木の板がはめ込まれている。
     斧でも割るのは難しいだろう。
     ダニーは走った。
     人間にしてもらえるのなら、カタリナ様のために何でもすると誓った彼だ。
     だが鎧は重く、城は広い。走るうちに足を捻りそうだ。
     夜明けまでにすべての窓を閉めてこいだなんて。
     到底無理だ。
     ダニーが諦めかけたころ、廊下の真ん中に立つカタリナが見えてきた。
     カタリナの側、大きく開け放たれた窓から、月明かりが差し込んでいる。
     トマスの窓と呼ばれていた窓だった。
     ダニーは思わず立ちすくむ。
     足音が近い。
     あのなぞの足音が、すぐ側まで迫っている。

     落雷の様な轟音を立てて、窓が独りでに閉まった。
     刹那、カタリナが叫ぶ。
     「お待ちなさい! トマス!」
     窓が閉じて闇が廊下を覆うと、カタリナがすぐに灯りを灯す。
     冷気を放つ青い炎。魔女が使役する冥界の火。
     その光の中に、兵士の姿が見えた。
     「ご容赦ください、お妃さま、急ぎますゆえ!」
     走り出そうとするトマスを、カタリナが制止する。
     「聞こえていたでしょう、ここから南側にある窓は全て、そこのダニーめが閉じました」
     「……お妃さま、私は」
     「わかっています、トマス。忠実な門番よ。お前はあの戦の日、窓を一つ閉め損ねた。
      そのことを今もなお悔いているのでしょう。
      ですがトマス、あなたは責務を立派に果たしました。
      今宵、全ての窓が閉じられました。この城の守りが破られることは、もうないでしょう」
     門番の亡霊が、呆然と魔女を見つめる。
     魔女は厳かに言った。
     「お前の働きに、感謝します」
     従者のダニーは見た。亡霊の血に汚れた頬に、一筋の涙が伝うのを。
     城の中を、一陣の風が吹き抜ける。
     青い炎が掻き消えると、門番の姿はすでになかった。
     外から鳥の声が聞こえた。窓の隙間から柔らかな光が差し込んだ。
     「さぁ」と、カタリナがダニーに呼びかける。「帰りましょう」
     魔女は朝日の中で、いたずらっ子のように微笑んだ。

    ――――

     その後、町ではトマスのことを偲ぶお祭りを開くようになり
     それは現代に至るまで続いているようです。
     なんでも若者たちが2つの陣営に分かれ、守り手が町中の窓と言う窓を閉めて、
     攻め手が閉まっていない窓を探して走り回るんだとか。

     さて、そろそろ出発するべき時間のようです。楽しんでいただけたのならよいのですが。
     それではまた、どこかで。

    【投稿者:1: 3: ヒヒヒ】

    あとがき

     キーワード:その後、現代、プルプル、新しい、捻り
     一度でいいので、古城のある町に住んでみたいです。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      1: 9: けにお21

      この語り、読む人に次の展開への好奇心を抱かせる話の持って行き方、読みやすさ、内容の分かりやすさ、そしてオチがあり、読み手に読後の満足感と爽快感を与えるフィニッシュブロー。

      総合的に分析して茶屋さんか、ヒヒヒさんと思われるが、冒頭のお初にお目にかかります、の語り口から茶屋さんと見ました!

      冷蔵庫でした。


    2. 2.

      3: 茶屋

      コーヒー探偵なのです、チュー太郎は今日も元気です。
      さって、感想です。世界観がとってもよいです。好きです!!
      場面が変わる文章であるのに、読みやすく、読後感が残るような作品です。

      予想はなかまくらさんです。


    3. 3.

      20: なかまくら

      アノカネカラスです。実に読みやすく、どこか童話のようでもある良作です。
      それぞれの情報を最後に統合してもっていく手法・・・。ヒヒヒさん、とも思いましたが、
      人物の描き方が、ヒヒヒさんじゃない気がします。というわけで、茶屋さん、あなたですね!!


    4. 4.

      爪楊枝

      爪楊枝です。別に誰が悪いわけでもなく、ただ起きたことの結果が流れるだけ。
      でも、それはとても感情的で感傷に浸るような寂しさが横溢していました。
      たぶん、その夜な夜な走る小さな足音は、聞くものを驚かせるほどの必死さが詰まっているのでしょう。
      開放は終わりではなく、新たな結果を生み、さらに流れとなって過ぎていく。
      ハッピーエンドでもバッドエンドでもない。グレー。そのあり方がヒヒヒさんを暗示しています。