(参考 : 祭りのキーワード)

 夢/老い/小さな指輪/クワガタ/トッピング/あります/宇宙/行く頃/みっつの涙/あなたの/好きな世界/月がきれい

蘇る横浜市

  • 超短編 3,059文字
  • 祭り
  • 2018年01月10日 21時台

  • 著者:ないしょだよ
  •  新月の夜。街は、燃え盛る炎に照らされていた。

     勇は妻の瑞葉を背負いなおすと、倒れたビルを迂回して、進んでいった。

    「日本は負けたのね」瑞葉が言った。

    「たぶん共倒れだ。敵の攻撃も止まった」

    「宇宙に逃げた奴ら、堕ちたみたいね」

    「だが、俺たちは生きてる」

     勇は歩き続けた。



     丘の上に立つと、壊滅した都市が見下ろせた。

     力なくあたりを見回していた勇は、ある一帯に目を止め、叫んだ。

    「見ろ、街だ」

     見下ろす先に、無傷の街があった。

     高い壁に守られたそのエリアの中では、ビルが立ち並び、工場が稼働している。

     炎が空を暗く焦がす中で、その街だけは煌々と輝いていた。

     勇の背中で、瑞葉が息をのんだ。

    「あの攻撃に耐えたの?」

    「違う、たぶん、蘇ったんだ」

    「蘇った?」

    「聞いたことがある。

     戦争に勝つために、自己再生能力を付与された都市があると。

     爆撃されて焦土になっても、中心核さえあれば、そこから都市が再生する」

    「そんな馬鹿な」

    「とにかく行ってみよう」



     その街は周囲を高い灰色の壁に覆われており、中に入るには門を通らなければならないようだった。

    「誰かいますか」

     勇が門の前で呼びかけると、どこからともなく柔らかな声が答えた。

    「こちら横浜市です。担当者不在のため、行政用AIが回答致します。ご用件は」

    「中に入れてほしい」

    「戦時中のため、市民以外の入市を制限しています」

    「避難民だぞ」

    「横浜市への転入手続きは可能です」

    「それをしたい」

    「それではあなたの転出届、指紋、マイナンバーを提示願います」

    「転出届はない。マイナンバーも焼けてしまった」

     しばらく間があった。

    「戦災を理由とする書類の省略が認められました。

     マイナンバーは口頭でおっしゃっていただければ結構です。どうぞ」

     勇の顔が不安で曇った。

     勇は、12桁の数字を言い切ることができなかった。瑞葉も同じだった。

    「本人確認ができません。情報を揃えた上で、またお越しください。

     こうして夫婦は、壊滅した都市のさなかに取り残された。

     新月の夜のことだった。街を焦がす炎に照らされて、あたりはどうしようもなく暗かった。



     勇と瑞葉は、大地が放つ毒を避けるために海へ出て、2人の子をもうけた。

     それから十数年後。

     両親が亡くなった後も、子供たちはたくましく生きていた。

     船の上で星を数えて眠り、魚を追う暮らし。



     ある日、漁をしていた2人の近くに、オレンジ色の救命ボートが漂ってきた。

    「捕まえよう!」

     妹の瑞希に急かされて、姉の泉は帆を張り直した。

     ボートに人は乗っていなかった。

    「食べ物の箱だ。空っぽだ」

    「靴だけ置いてある」

    「こっちはリュック」

     泉が中を漁ると、いくつかの日用品、小さな指輪と一緒に、カードが出てきた。

     泉はカードを読んだ。

     漢字はいつか必ず使うからと、両親から徹底的に叩き込まれていた。

    「氏名、あかばねみつき」

    「呼んだ?」瑞希が手元をのぞき込んでくる。

    「違うよ。月がきれいって意味の美月。お前はみずき。瑞々しい希望だってさ」

    「えーっと、仮発行。要、指紋と写真再登録。マイナンバー通知カード」

     二人はその瞬間、顔を見合わせて叫んだ。

    「マイナンバーだ!」



     父親が事あるごとに言っていたのだ。

    「マイナンバーさえあれば、お前たちをもっと幸せにしてやれたのに」



     二人は横浜市へと船を走らせた。

     傾いた日に照らされてキラキラと輝いているのは、横浜ランドマークタワー。

     その足元に見えるのは、巨大船と見間違うような大さん橋。

     それをよけて南へ進むと、公園が見えてきた。

     海を見渡せるようにベンチが置かれているが、人間がいたことは一度もない。

     街路樹にクワガタが張り付いているのが見える。整備用ロボットだけが周回する公園。

     人の腰までしかない低いフェンスの上で、たくさんの海鳥が羽を休めていた。

    「ここから市内へ入れればいいのにね」瑞希が呟く。

     昔、ここから侵入を試みた勇は、左足を撃たれて帰ってきた。



     遊覧船乗り場の隣に、臨時入管が設置されていた。

     小さな部屋の中に、市内への立ち入りを制限するゲートがあり、その前に受付機がある。

     機械の前に立つと、AIの優しい声が聞こえた。

    「ご用件をどうぞ」

     泉はマイナンバー通知カードを握り締めながら、震える声で答えた。

    「転入手続きがしたいです」

     もう何度も試した手続きだった。いつも「書類不足」「保証人不足」で却下された。

    「マイナンバーはお持ちですか?」

    「あります!」

    『みつきさん、勝手に使ってごめんね』

     泉が胸中で呟きながらカードを掲げると、AIは言った。

    「こちらは仮登録カードです」

    「え」

    「指紋登録が必要です。機械の前に立って、手を広げてください」

    「あたしじゃま?」

     脇に避けようとした瑞希を、泉が止めた。

    「お前が登録しろ」

    「え、あたし?」

    「カードは一枚だけだ。横浜市民になれるのは一人だけ」

    「姉さんはどうするのさ」

    「お前が市内に入って、何か探せ」

    「何かって」

    「何かだよ。予備のカードとか、市長の許可証とか」

    「そんなのわかんないよ。姉さんが行ってよ」

    「バカ。ろくろく船も動かせないくせに」

    「漁ならあたしのほうがうまいけど」

    「いいから言うこと聞け」

     泉はそう言って、機械の前に瑞希を押し出した。

    「あっ、ちょっ」

     フラッシュが光って、写真撮影が終わる。

    「本登録完了。転入手続きを再開します。

     転入が認められました。赤羽美月様、横浜市へようこそ」

     機械から発券された市民証を、泉は瑞希へ押し付けた。

    「行け、行けったら」

     妹の背を押し、入管ゲートへ押し込む。

    「姉さんはどうするのさ?」

    「私は、海鳥でも捕まえながら待ってるよ」

     ゲートが作動し、妹の姿が境界線の向こうに消える。

    「大丈夫、絶対大丈夫だから!」

     そう叫ぶと泉は背を向けて、建物を飛び出した。



     船に戻ると、日はとっぷりと暮れていた。

     暗い水面に、横浜市の落とす光が揺れている。

     見せるものとて誰もいないのに、この街は、いつも夜になると明かりを灯すのだ。

    「これでよかったんだよね、父さん」



     それから7日が経った。泉は横浜市の近くで漁をしながら、妹の連絡を待った。

     妹はちっとも姿を見せなかった。

     8日目の夜、泉が船を公園の側に寄せると、背の低い柵の向こうに人影が見えた。

    「姉さん!」

    「瑞希!」泉は叫び返した。「何やってたんだ、さすがに心配しただろ?」

    「ごめんごめん」と言って頭をかく瑞希の様子は、普段と少し違う。

     新しい服に着替えていたのだ。海水に汚れたぼろ布とズボンではなく、真っ白なブラウスに綺麗なスカート。

    「すごいもの手に入れたよ」

     と言って彼女は、銀色の身分証を捧げた。

    「横浜……市長!?」

    「ええっとね、市民が1名以上になったため、臨時市長選を開始します。

     候補者一名のため、自動当選と致します。って、AIが言ってた。

     待たせてごめんね、市長ってめちゃくちゃ書類書かなきゃいけないんだよ」

     おかしいね、と言って笑う瑞希。

    「ってことは、お前」

     おほん、と瑞希がもったいぶって咳をする。

    「AI、いいよね」

     公園のどこかから、あの優しい声が聞こえてきた。

    「どうぞ」

     瑞希は言った。

    「申請に基づき、転入手続きを行います。市長権限により、各種証明書は省略!

     それでは、お名前をどうぞ」

     苗字は私のと同じにしてね、とほほ笑む瑞希を見て、泉は涙をこらえられなくなった。

     父さんたちの夢が、叶うんだ。

    「あかばね、いずみです。希望が泉のようにあふれてくるからって、父さんがつけてくれました」

    「涙しか出てないじゃん」

    「うるさい! 今それ言うか?」

     泉が怒鳴ると、瑞希は笑った。泉も笑った。

     笑いあう姉妹の上で、満月が輝いている。

     その日はとても、とても明るかった。

    【投稿者:ないしょだよ】

    あとがき

    ま、間に合いました…


    コメント一覧 

    1. 1.

      謎人

      マイナンバーと言えば ほみち さん
      でも、攻撃と言えば けにおさん
      しかし、この流れはでんでろさん

      あれ?どちらだろうー


    2. 2.

      謎人

      ヒヒヒさんのような気がするんだけれども、よくわからない。


    3. 3.

      謎人

      スズメノテツパウです。
      これは、SF! いいですねー。SFはどれを読んでもワクワクしちゃいますね。都市は蘇っても、人は蘇らなかったってことなんですね・・・。どこか悲しい未来で、現実の未来をも暗示している気がします。

      作者さんは、この展開、構成はでんでろさんか、けにおさん・・・でんでろさんかなぁ。