6月を明けた頃、七宮兄妹はのんびり過ごしていた。
その兄妹が通う、如月高等学校は今日から夏制服と変わっていた。
「お兄ちゃん、似合ってるかな…。」
「ああ、似合ってるよ。」
小百合が身に付けていたのは、純白のシャツと青緑色チェックのスカートだった。
快斗は、ブレザーの上着を脱いだ感じの制服。
もう暑くなってきた時期なので、二人とも半袖だった。
蝉の鳴き声がちょこちょこ響き渡る中、快斗と小百合はアスファルトの道路を歩き続ける。
「小百合さ、高校生になって初めての夏だよな。」
「うん、ちょっと暑いけどね…。」
「相変わらず暑がりだな。」
早くも小百合の額に、汗が滲み出てきた。
「…ん?いいのか?」
「いい、自分でやる。」
快斗が小百合にハンカチを差し出し、受け取るかと思いきやそうでもなかった。
そうすると、小百合はスカートのポケットから自分のハンカチを取り出し、額の汗を拭った。
「小百合、どうした?遠慮しなくてもよかったのに。」
「そうしたかった…けど、いつまでもお兄ちゃんに任せっきりではいられないと思って…。」
「そうか。」
そう聞いた快斗は、妹の成長を感じた。
いつもなら兄からしてもらっていたのに、今日になってから自分から行動するようになった小百合。
快斗はそれが微笑ましく思えた。
「おーっす、快斗!」
「おう。」
いつものようにがやがやと響き渡る快斗の教室。
「お前相変わらずテンション低いよなー。そんなんじゃ人生損しちゃうぞ?」
「お前は俺と違ってそんな性格だからそうなんだよ…。」
太臥は快斗と違ってテンションが高いので、快斗はそれがどうもついて行けない。
快斗はそんな性格の友達は嫌いではないが、そんな彼に時々焦る。
「あのさ、太臥。」
「んあ?」
「…兄妹って何だろうな。」
「…は?」
「…やっぱり何でもない。」
快斗は突然疑問を口走ったが、すぐになかった事にしてしまった。
「そういや莉沙は?」
「まだ来てねえよ。もう8時過ぎてんのに。」
快斗が教室に入った頃には、莉沙の姿がなかった。
「はーい、席着けー。」
快斗達の教室に、担任の西野先生が入ってきた。
「西Tー、莉沙はどうしたんすかー?」
「ああ、それなんだが、先程東間のお母さんから連絡が来てな。今日は風邪で欠席だ。」
「えぇ~、夏開始早々夏風邪かよ~。」
どうやら、莉沙は風邪で欠席のようだった。
ちなみに太臥は、西野先生を西Tと呼んでいる。
西野先生本人は気にしていないが、快斗は少々不満の模様。
「太臥、莉沙んとこの見舞い行くか?」
「当たり前だろ。何年の付き合いだと思ってんだ。」
「今日は夕方までかかるからなぁ…。まあ俺は遅くてもいいけどさ。」
「小百合ちゃん心配しねえのか?」
「ああ、それについては小百合に訳伝えるよ。」
快斗は、小百合に莉沙のお見舞いに行ってくるとメールを送った。
「ん…?」
小百合の携帯からメール音が鳴り、携帯の画面を見る。
「そう…なんだ。」
小百合は思わず独り言を口走った。
少々寂しげな模様。
「莉沙ん家久しぶりだよな。」
「ああ。ざっと4年ぶりかな。中3ん時受験で忙しかったし。」
そう、快斗と太臥は4年間莉沙の家に来ていなかった。
中学校では受験、高校では彼らの事情で忙しかったのだ。
ピンポーンとインターホンを鳴らした。
「あ、どうも。」
「あら…、快斗君に太臥君。久しぶりね。お見舞いに来てくれたの?」
莉沙の母親が出てきた。
快斗達にとって、莉沙の母親を見るのは久しぶりだった。
「はい。莉沙、どんな感じっすか?」
「眠ってるわ。さ、上がって。」
「「お邪魔しまーす。」」
快斗達は莉沙の家に足を踏み入れた。
コンコンッ
『莉沙?入るわよ。』
莉沙の母親がノックし、ドアを開いた。
「ん…?」
「快斗君達がお見舞いに来てくれたわよ。」
「おっす、莉沙!」
「快斗…、太臥…。」
莉沙は顔を赤くして起き上がった。
まだ熱はあるようだ。
「…わざわざお見舞い来てくれてありがとね。」
「いいよ別に。だって昔馴染みの仲だろ?」
「ふふ、そうだね。」
莉沙は太臥が買ってきた小さなポカリを口にし、そう言った。
「…快斗君、小百合ちゃんは大丈夫?」
「ああ、あいつには連絡しておいたよ。」
「そうなんだ…。」
莉沙は少し悲しげな表情を浮かべた。
「莉沙?」
「小百合ちゃんに会いたかったな…。」
「…。」
莉沙は風邪を引いても、小百合に会いたい気持ちは消えなかった。
それほど、莉沙にとって小百合は大切な存在だった。
「まあ、風邪治したら会えばいい。まだ熱もあるだろうし、ゆっくり休みな。」
「うん…、そうだね…。」
それから、3人の静かな会話が続いた。
「ただいまー。」
「お兄ちゃん、おかえり。」
快斗はリビングに着くと、小百合はソファに寝転がって携帯をいじっていた。
「小百合、飯は?」
「まだ。お兄ちゃんを待ってた。」
「そうか。」
夕食は母親が作りおきしていたが、小百合はまだ食べてはいなかった。
快斗は台所へと歩き出す。
「…。」
快斗は無言で、夕食の準備をし始めた。
(…兄妹って、何だろうな…。)
快斗はそればかり、内心で思っていた。
コメント一覧
主人公による兄弟や友達、との絡みがある学園小説。
各キャラクターの個性が出ており、生き生きしてました。
妹は、以前より少し大人になったのかな?
また、夕食に手をつけず、お兄さんの帰りを待っているところが偉い。
兄は兄で、妹の変化にも気づくし、気遣いが出来る妹想いの良い兄貴。
本作は、日常の平凡な瞬間を描いたものであるが、キッチリと兄弟愛が表現されていると感じました。
楽しく読ませていただきました。