バイキングの猛攻

  • 超短編 2,089文字
  • ジョーク
  • 2017年11月12日 19時台

  • 著者: 鰯崎 友
  • 時は中世、ヨーロッパにて

    ゲルマン人「たいへんだ!海岸にバイキングたちの船が集まってる!バイキングのやつら、じきに上陸してくるぞ!」

    バイキング「おーい、ちょっとそこのゲルマンじーん!」

    ゲルマン人「えっ?船の上からバイキングの野郎がなんか叫んでるぞ」

    バイキング「お前だよ、バイキングバイキング言って騒いでる、お前だよゲルマン人」

    ゲルマン人「な、なんだよ!?我々はぜったいに屈しないぞ!」

    バイキング「それは、いいんだけどさあ」

    ゲルマン人「かかってこい!」

    バイキング「ちょっとその前にさあ」

    ゲルマン人「どうした、怖いのか、はははは」

    バイキング「人のはなし聞きなさいよ」

    ゲルマン人「さっきから、なんだ!?」

    バイキング「たしかにこれからあんたのとこの土地に上陸して、いろいろやってやろうと思ってるよ、俺らは。フランク王国なんて完全に弱ってるから、いろいろ侵攻しちゃったりするかもしれんが、ゲルマン人よ、それはないだろう?」

    ゲルマン人「なんだよ!?」

    バイキング「名前だよ」

    ゲルマン人「だから、何なんだよ!?」

    バイキング「俺らの、呼び名、バイキングって呼んでるだろう」

    ゲルマン人「それがどうしたの!?」

    バイキング「なんか感じ悪くない?」

    ゲルマン人「もったいぶるなあ!?要点を言えよ!」

    バイキング「『ばい菌』っぽくない?語呂が」

    ゲルマン人「なんだよこんなときに!」

    バイキング「なんかさあ、ちょっとイヤなんだよね。音の感じが、さあ。どうしても『ばい菌』を連想しちゃうでしょ?」

    ゲルマン人「知るか!」

    バイキング「仮に、あんたたちが俺らの立場だったとしてよ。なんだか『ばい菌』っぽい名前で勝手に呼ばれて、さあ、いやじゃん?」

    ゲルマン人「いまそんなのどうだっていいでしょうが!」

    バイキング「ぜんぜん、分かってねえなあ」

    ゲルマン人「何がだよ!?」

    バイキング「いま、俺たちが歴史的な事件を起こしちゃったら、後世の歴史の教科書とかに、『9世紀12世紀にかけて、バイキングの進出』とかいうふうに書かれちゃうでしょうが」

    ゲルマン人「だから何だよ!?」

    バイキング「だから、歴史的な事件を起こしちゃうまえに、変えときたいんだよね、名前」

    ゲルマン人「なんの心配だよ!?」

    バイキング「だって、もう上陸しちゃったら後戻りできないじゃん。このさきずっと俺ら『バイキング』ってことで行くしかないじゃん」

    ゲルマン人「細かいこと気にするんじゃねえよ!」

    バイキング「いや、あんたたちだって子孫たちがずーっと、ばい菌、ばい菌って言われるの、イヤでしょ。キラキラネームの問題とか、あったじゃん。親がちゃんと名前をつけてやらないと、子供が困るでしょうが」

    ゲルマン人「それはそうだけど!」

    バイキング「そうでしょう?」

    ゲルマン人「それは、そうだけど…」

    バイキング「俺らまちがったこと言ってるかなあ」

    ゲルマン人「…。まちがっては、いない」

    バイキング「まちがってないよね」

    ゲルマン人「まちがってないけど…」

    バイキング「ちょっと相談したくて」

    ゲルマン人「…。なにをだよ」

    バイキング「『バイキング』じゃない、もっといい名前、そっちで考えてくれん?」

    ゲルマン人「自分たちで考えればいいだろ…」

    バイキング「いや、そうはいかんでしょ。歴史ってのは残念ながらヨーロッパ中心主義ってやつがまかり通ってんじゃんか。俺らが勝手に決めた名前が、教科書にちゃんと記載されますかね?『インディアン』の方々なんて、そうでしょう。ヨーロッパ人が勝手にアメリカ大陸をインドと勘違いしただけなのに、『インドの人』みたいに言われてんじゃん。べつにインドに住んでもいないってのに」

    ゲルマン人「うう…」

    バイキング「『ネイティヴ・アメリカン』よりも『インディアン』のほうがやっぱり有名じゃん。だから、最初のネーミングが重要だって言ってるの」

    ゲルマン人「うう…」

    バイキング「だから、ちゃんと考えてよ。名前。時間もかかると思うから、今日の上陸は中止するから」

    ゲルマン人「えっ」

    バイキング「だから、今日上陸しちゃったら、俺ら『バイキング』ってことで確定しちゃうじゃん。教科書に載るレベルの事件なんだから。わからない人だなあ」

    ゲルマン人「はあ」

    バイキング「また来るから、今度。それまでにちゃんとした名前、考えといて」

    ゲルマン人「はあ」

    バイキング「ところで、さあ」

    ゲルマン人「なんですか…」

    バイキング「うーん、言っちゃっていいかなあ」

    ゲルマン人「なんなんですか、もうこの際ですから、言ってくださいよ!」

    バイキング「おたくら『ゲルマン人』っていうのも、なんだか音の感じが悪くない?」

    ゲルマン人「こちらの心配は結構ですよ…もう…」

    バイキング「自分たちがいいと思ってるなら、べつにいいんだけどさあ、ちょっとこの機会に考えてみれば?」

    ゲルマン人「わかりましたわかりました!考えます考えます…」

    バイキング「じゃあね、また来ます」

    ゲルマン人「……」

    ゲルマン人「…つかれた…」

    ゲルマン人「それにしても…」

    ゲルマン人「いい名前、なんも思いつかん!!」

    時は中世。ヨーロッパにて。歴史の歯車が回りはじめようとしていた。

    【投稿者: 鰯崎 友】

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