蒸発とメランコリー

  • 超短編 672文字
  • 日常
  • 2017年10月09日 23時台

  • 著者:
  • 今日、同期が蒸発した。
    部署は違かったけど、寮では隣の部屋だった。

    あいつは俺と真逆な人間だった。
    俺はロックが好きだったけど、あいつはジャズが好きだった。
    多少の交流はあったけど、隣から聞こえるジャズはあまり好きじゃなかった。
    あいつは甘いものが好きだったけど、俺は辛い方が好きだった。
    寮の食堂では、俺が激辛麻婆豆腐を食べているのを見る度に、あいつは微妙な顔をしていた。
    俺はスポーツが得意だったけど、あいつはからっきしだった。
    会社の同期と行ったボーリングは、俺の方が断然上手かった。
    あいつは東北出身だったけど、俺は九州出身だった。
    あいつの訛りは一向に消えず、2年目になった今でも、俺は中々分からなかった。
    俺は友達が多かったけど、あいつは1人が多かった。
    俺が休日遊ぶときも、あいつの部屋からはジャズが聞こえていた。

    俺は享楽主義だったけど、あいつは本当に優しいやつだった。
    誰かがそのままにしていた食堂の茶碗も、大浴場の後片付けも、あいつは進んでやっていた。

    あいつは正反対な人間だった。


    俺は寮長に頼み込んで、あいつの部屋に上がらせてもらった。
    あいつの部屋は、蒸発したのが信じられないほど綺麗だった。
    荷物はそのままで、机の上にメモ紙があった。
    あいつが家族と笑っている写真の隣にあったメモ紙には、ただ一言、

    (仕事やめます。)

    とだけ書いてあった。

    あいつは帰ってこなかった。

    翌週、あいつの両親が荷物を引き取りに来た。
    あいつの部屋で見た写真より、やつれているようだった。

    あいつは実家にも帰ってなかった。

    いつまでたっても、隣の部屋からは、あいつのジャズは聞こえなかった。

    【投稿者: 宵】

    あとがき

    この物語は8割フィクションです。

    どうも久し振りです。宵です。
    兄の同期の話を、8割改変して書きました。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      20: なかまくら

      すごく気になる隣人で、本当は親友になれたかも知れないですね。寂しさと悔しさのようなものを感じました。


    2. 2.

      爪楊枝

      主観描写を畳み掛ける感じが面白いですね。
      ごく身近にいても、正反対の彼は心理的距離は離れていたのかもしれませんね。
      他人行儀で、単純に「観測した」と読める無機質さを感じました。