ニューヨークに一角に小さなパブレストランがある。店の中はそれほど豪華ではない。お客が飲む机が樽になり、その上で食事をしてビールなどを飲みお客は楽しむ。
俺はそのお客を楽しませるためにピアノを弾いている。
この店でピアノを弾いている。曲はその日によって変わる。
しかし一か月のある日だけ俺の自由に弾いている。
そしてその日が来た。
俺は店の開始時間の1時間前にいつも来て練習をしている。
最初に雇われた時は店長に
「なぜ、そんなに早く来るんだ」
と、言われて俺は困ったが、
「いえ、練習して本番で間違えない様にするためです」
答えれると、
「真面目だな。日本人は」
店長は笑いながら言う。アメリカ人である店長にとっては俺はステレオタイプ的な日本人に見えるのだろう。
自由にピアノが弾ける時は俺は2時間早く店で練習をする。そしてその時はピアノの向こうで煙草の煙が上がるのが見える。もちろん見えるは俺にしか見えない。
その煙草の煙はただ白く細く昇っている。俺は楽譜を見ずにその煙草の煙を見続けながら見る。
その煙草の煙の元にはセーラー服を着た少女が立っていた。
腰まである髪をした少女。
その少女を見るとピアノの弾く音が激しくなる。少女は煙草を咥えながら少し笑う。
今日も会えた
互いにそう思ってる。俺が弾いている曲は煙草を吸ってる少女が作曲した曲である。
俺は小さい頃からピアノのレッスンをした。中学・高校と進み。ピアノを弾くのは右に出る者はいないと自負していた。
しかし上には上はいた。帰国子女が転校してきた。その彼女をピアノを弾きそれを聞いた俺は自信をもろに崩された。
周り曰く、彼女はピアノの弾くのは天才だと言っていた
猛練習しても彼女には追い付けない。俺は悔しかった。それから俺はピアノを止めた。
そんなある日、彼女が煙草を吸っている所を見てしまった。俺は反射的に彼女に近寄り、煙草を吸ってる所を問い詰めた。
「吸うと、曲が書ける」
彼女はそれだけ言う。地面には無数の楽譜が散らばっていた。
「私は、弾くより作る事が好きなんだ」
そう言いながら煙草を吸い続ける。俺はただその光景を見ていただけだった。
それから煙草を吸いながら作曲する彼女を見ている事が多くなる。
「煙草を吸わないと書けないのか?」
「そう、頭が回らない」
そっけなく言われた。俺の中でも変化が起きた。彼女の作った曲を弾く様になっていた。ある時は音楽室である時は隠れてバーで。
俺が弾いてるときは彼女は煙草を吸いながら俺に向かって笑っていた。バーでは彼女が作った曲は好評だった。
やがては二人でデビューも俺は妄想していた。
しかし彼女からある事が伝えられた。
肺癌。
彼女はいつかは来ると笑いながら言った。俺はすぐに煙草を止める事を言ったが、彼女は、
「それは私のプライドを捨てろと言うの?」
その言葉に俺は何も言えなかった。
「君は私の作った曲を弾いてほしいだけ。ただそれだけ」
俺はいつの間にか彼女を抱き付いていた。微かに煙草の匂いがしたがそれは気にしなかった。
それから彼女は学校を辞め、煙草を吸いながらひたすら曲を作り続けていた。俺はそれを必死に練習して最高の状態でピアノを弾く。
彼女の両親は心配していたが悪鬼のように煙草を吸いながら曲を書く彼女を見て口を噤むだけだった。
それでも限界が来た。彼女は倒れて病院に入院した。もう曲を書ける体ではない。
「ごめん。私の我儘に付き合ってくれて」
ある日、見舞いに来た俺に言った。
「私は、ピアノを弾くのは天才と呼ばれていた。でもそれが嫌だった。君が音楽室で私に勝とうとして必死に練習してるのが羨ましかった。だから私は作曲で頑張ろうとしたけど、やり方がバカだったね」
「そんな事はない」
「ありがとう」
細り切った彼女は少し笑った。それから数日後、彼女は息を引き取った。
残されたは大量の煙草の匂いのついた大量の楽譜だった。
彼女の両親からその楽譜を貰った。
彼女が残した楽譜。俺はそれを少しでも皆に聞いてもらうために世界を周っている。
アメリカ・ドイツ・イギリス・中東と。
誰もいないパブでピアノを一人で弾いている。しかしそのピアノ向こうには煙草を吸いながらセーラー服を着た彼女がいつも笑っている。
あとがき
恋愛なのかな? 高校生は煙草はダメです
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