お守り袋

  • 超短編 742文字
  • 日常
  • 2017年08月26日 22時台

  • 著者: でんでろmk2
  •  どうでもよかった。生きていたくなかった。
     無理して入った女子高。友達が出来ない。授業についていけない。
     だから、自分めがけて、車が猛スピードで突っ込んできたとき、ちょっと嬉しかった。心の中で、「やった!」って。
     でも、誰かが、私の身体を掴んで後ろに放り投げて、放り投げた誰かが、逆に前に飛んで行って、車とぶつかるのが、なぜかスローモーションだった。
     助けてくれたのは、知らない五十歳くらいのおじさんだった。私は近くに行ったものの、なんて言っていいのか分からずに黙ってた。そしたら、おじさんが私に気付いて、
    「怪我は無いかい? 痛いところは無いかい?」
    って、言ったんだ。
     私は、
    「うん」
    って、言うのが精一杯だった。
     おじさんは、
    「そうか。よかった。よかった」
    それだけ繰り返して死んでしまった。

     おじさんの家族も、みんないい人で、誰も私を責めなかった。奥さんも、息子さんも、娘さんも、誰も私を責めなかった。それどころか、私が無事で良かったって言った。
     息子さんは、私より少し年上で、私にお守り袋をくれた。
    「どうしようもなく辛くなったら、中を見て」
    って、言って渡してくれた。

     おじさんの家族は、ときどき、私を食事に呼んでくれた。
     明るくて楽しい食卓だった。
     それがプレッシャーだった。
     明るさが、暖かさが、幸せが、優しさが、善意が、私に襲い掛かってくる。
     誰も、私を責めない。
     おじさんの命を背負ってしまった私は、死ぬこともできない。
     死にたかったなんて言えない。
     謝ることもできない。
     謝る価値もない。
     辛い……。

    「どうしようもなく辛くなったら、中を見て」
     その言葉を思い出した。
     お守り袋を開けてみる。
     中には、小さな白い紙。
     ボールペンで、殴り書き。

    「クタバレ、クソ女」

     私は泣いた。
     笑いながら、泣いた。
     生きようと思いながら、泣いた。

    【投稿者: でんでろmk2】

    あとがき

    公募ガイドの「小説模試」に応募した作品です。
    最初は、「講評も全文載せちゃおうか?」とか、「せめて採点だけでも全部載せちゃおうか?」とか思っていたけど、なかまくらさんに止められました。
    総合評価が、5点満点で4点で、落選であったことだけ言うに留めておきます。
    講評を反映してブラッシュアップしたものを載せようかとも思ったのですけど、なんか癪に障るので止めました。
    応募作、そのままです。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      20: なかまくら

      おおーー! うまくまとめられて小品ながら、素敵な作品ですね。
      なんでみんないい人だったんでしょうね・・・私がもっと明け透けにものを言う性格だったら、
      最後のオチがもっと生きるのかも、って思いました。


    2. 2.

      1: 9: けにお21

      「クタバレ、クソ女」にはドキッとしましたw

      主人公の女性の身代わりになって亡くなられたおじさん。

      おじさんの家族は、決して主人公を責めないが、やはり心の中では「クタバレ、クソ女」だったのかな。

      悲しいですね。

      しかし、そう言ってくれて、主人公は救われたのかも知れない。

      悪かったとの気持ちがあって、それを責められなかった場合、恐縮するし、萎縮もするし、さいなまれる。

      「クタバレ、クソ女」とハッキリと言ってもらった方がスッキリとはしそう。

      おじさんの家族は、主人公を責めないことで、主人公に罰を与えたのかも知れませんね。

      そう考えると、恨みは相当で、怖い!


    3. 3.

      1: 鉄工所

      深い…
      人生ってこう言うところで
      力がみなぎったりしますね〜

      良い人が本当に良いとは
      限らないですからね。


    4. 4.

      結城沙月

      複雑ですね……
      タイトルとなるお守りの中身には思わずゾクッとしました。
      これだけの文字数でここまで心に食い込んでくるのは凄いですね……
      最後の裏切り感、必要のない救いに悩まされて、最後は家族全員が怖くなるのでしょうが、彼女はそれで生きようと思った。
      読めて本当に良かったと思います。