男が煙草を止めるとき

  • 超短編 1,583文字
  • 恋愛
  • 2017年08月18日 23時台

  • 著者: 3: 寄り道
  •  天城幸太郎(あまきこうたろう)は、味気ない煙草に火を点ける。
     肺まで入った煙を口から吐きだす。
     この瞬間が好きだった。
     先ほどまでしていた仕事を一時中断し、屋上で風を浴びながら吸う、このひと時が。
     すると、会社用の携帯電話が鳴り、恋を寄せている事務員の木嶋真衣(きしままい)から、先方から電話があった、と知らせてきた。
    「すぐ行く」と伝え、まだ半分くらいしか吸っていない煙草を、携帯灰皿で揉み消し、タブレットを2粒奥歯で噛んで、屋上のドアを開けた。
     
     先方との電話は10分少々で話が付き、吸い足りないせいか、また屋上に行こうとすると「先輩!」と声をかけられる。木嶋真衣だ。
    「先輩。どこに行くんですか?」
    「ちょっと屋上にな」
    「ああ、またこれですか」木嶋真衣は、右手で閉じたピースを作り、口に付けたり離したりを数回繰り返した。
    「まあな」
    「煙草は百害あって一利なしなんですからね」
    「いやいや、一利はあるよ。リラックスできる。仕事の片が付き、休憩がてら頭を休めさせるために、外の風を浴びながら煙草を吸う。そしてまた、仕事に取り掛かる。それが僕の仕事のスタイルだし好きな時間だ。あとそれに朝、入社してきて、木嶋さんが淹れてくれるコーヒーを飲んで気合を入れるのも、好きな時間の1つかな」
     そう言い残し、屋上へと歩みを進める。

     退社時刻になり、残業もなく、USBに今日やってきたことを全て入れ、パソコンを閉じた。
     このまま帰路に就くのもいいが、また屋上に上がり、夜の街の景色を一望しながら、煙草に火を点ける。
     二口吸い終わると、屋上のドアが開き、木嶋真衣が現れた。
    「よう。木嶋さんが屋上に来るって珍しいじゃん」
    「初めてです」
    「なんでまた?」
    「先輩のお気に入りの場所はどんなんだろう、と思って来てみました」
    「んで、来てみた感想は?」
    「ちょっと肌寒いですね」
    「ははは。まあそうだな。でもこれを見てみろよ」
     光り輝く街を指差した。
    「へー。会社の屋上から、こんな綺麗な景色見れたんですね」
     話に夢中になっていて、肝心の煙草が根元まで来ていたため、新しい煙草を取り出し火を点けようとした瞬間、木嶋真衣に煙草を取られた。
    「何すんだよ。返せよ」「いやです」「返せって」「いやです」
     押問答を繰り返していると、ちょっとした弾みで木嶋真衣を転ばせてしまった。
    「ごめん」すぐに手を差し伸べる。
     木嶋真衣はその手を握り立ち上がる。
     天城は木嶋真衣が立ち上がっても、手を放そうとはしなかった。
     木嶋真衣は手を離さない天城の気持ちを分かっていた。
    「先輩。先輩の気持ちは十分分かります。だから、1つだけ条件を出していいですか?」
    「え?」
    「もし先輩が、煙草を止めてくれるなら、毎朝、コーヒー淹れます」
    「ん?」急に条件を出され頭が回らなかったが、少し考えて「だって毎朝、淹れてくれるじゃないか」といった。
     その言葉と同時に、手が離れる。
    「そうゆうことじゃなくて。毎朝、先輩の家で・・・」言葉途中のまま木嶋真衣は振り返り、屋上のドアに向かって走った。
     天城は木嶋真衣を追いかけ、腕を掴む。
    「なんで自分で言っておいて逃げるんだよ」
    「ちょっと恥ずかしくなって、さっきの私が言ったことは忘れて下さい」
    「忘れられる訳ないだろ。木嶋さんのことが好きなんだから。それに、毎朝コーヒーを淹れてくれるなら、煙草を止めるよ」そう言うと、ドアを開き近くにあったゴミ箱に、まだ半分くらい残っていた煙草と携帯灰皿を捨て、ライターをゴミ箱の上に置いた。
    「え!何してるんですか」
    「だって煙草を止めて欲しいんだろ。それに言ってたじゃないか、煙草は百害あって一利なし、と」
    「そうですけど・・・」少しの沈黙が流れたあと「分かりました。でも、今回だけは一利もありましたね。こうして付き合うことになったのは煙草のお陰なんですから」

     天城はタブレットを2粒奥歯で噛んで、木嶋真衣と共に退社した。

    【投稿者: 3: 寄り道】

    あとがき

    2作品目いかがでしたでしょうか?
    喫煙者は何かがないと煙草を止めないと思います。その何かは、家族であったり、恋人であったり、医者からであったり。
    その中の一つである好きな人のことを思って、止めた男の物語を書いてみました。

    ~P.S.~
    前作でコメントを書いてくれた方、ありがとうございます。コメント書かなくても、読んでくれた方、感謝いたします。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      20: なかまくら

      私の父親も結婚を機に煙草をやめたらしいです。
      誰かのために、自分を変えられるって素敵ですね。真っ直ぐな物語が素直に入ってきました。


    2. 2.

      1: 9: けにお21

      タバコにも一利あるのですね〜!

      私は禁煙二週間ほど。ただし、本作のようなロマンスではなく、体に良くないと思いやめることにしました。

      確かに、意中の人から、タバコをやめたら付き合う、と言われたら禁煙出来るかもですね〜

      なら、僕もそう言われるまで喫煙を続けるべきだったかもですね〜
      禁煙をやめようかな?

      職場のビルの屋上で、夜景を見ながらの喫煙は美味そうたなあ〜

      ジュルリ

      なるほど、オフィスでの恋愛とは、こう言うものなのですね!


    3. 3.

      尾長

      あぁ……素敵です…。
      禁煙してから2ヶ月経ちますが、いや、
      うーん、いまの気分でベランダに出てタバコ吸ったらいい気分だろうなあ…。
      あはは、禁煙やめそうです。