白いTシャツに夏色に焦げた十七歳の少女の身体はこの町で一番うつくしい。つばの大きな麦わら帽子をかぶって今日も海へ駆けだす。
防波堤の先端は彼女の特等席だった。潮の香りを胸にいっぱい吸い込んで、太陽にきらきら揺れる小さな波をメトロノームにして、少女は好きな流行歌をうたう。
「海岸は、君らのステージだ、まーぶしーくてー……」
「へたくそ」
投げかけた声に驚いた彼女は、目を丸くして振り返った。肩甲骨あたりまで無造作に伸びた黒い髪が揺れる。
「びっくりしたあ、マコじゃん」
「マコって言うな」
「はいはい、マコトくん」
白い八重歯を覗かせて彼女は笑った。焦げ茶の瞳にはあのきらきらした波が映っていた。
「ヒマワリが咲いたんだ」
「どこに」
「俺んち」
腕一本ぶんぐらいの距離を空けて、少女の隣に座った。だいぶ年季の入ったコンクリートの防波堤のはじっこから水面を見つめながらサンダルを履いた足をぶらぶら揺らした。
「ほら。これ」
後ろ手に握りしめていたヒマワリの花を彼女の目の前へ差し出した。少女は小さな両手のひらで花を包むようにして持ち上げた。
「わ、きれい。これ私にくれるの?」
「うん。いいよ」
あげようと思って持ってきたわけではなかったけれど、これは夏色にきらきら光る少女に必要なものだと、思った。
おもむろに彼女は麦わら帽子を脱ぎその膝の上に乗せて、瑞々しいヒマワリの花を麦わらの粗い目に挿した。それをもう一度かぶり、
「ね、どう?」
「どうって、言われても」
少女の麦わら帽子とヒマワリと夏色に焼けた肌に太陽の光が差し込んで、一枚の絵を見ているような、完成した迫力に気圧された。
「……いいと思うよ」
「いいって、なにそれ」
物足りない返事に、彼女はむっと頬を膨らませた。それさえ完成されていてうつくしかった。
「えっへへ、ありがとう」
彼女は自らの瑞々しいうつくしさに酔っていた。真夏に焼けた肌と、海、太陽の光。「少女」という感情を引き立ててくれるものすべてが好きだった。今の君は最高に綺麗だ。陳腐な言葉で触れたら腐り落ちてしまいそうなほどに、夏の少女はうつくしかった。
あとがき
はじめまして。きりさめハルと申します。
詩を書くのが好きなのでどうしても詩的な文章になりがちです。
夏ってすてきですね
コメント一覧
夏と少女と麦わら帽子とひまわり。
なぜだか、いつかの時代の原風景のように感じますが、いったいいつの時代の原風景なんでしょうね・・・。
けれども、どこかで見たように、情景が浮かび上がるのはいったい何故なんでしょうね。
最後の3行に、少し生々しい質感を感じて、そこに個性があって良いなあと思いました。
初めまして
綿あめの様な入道雲に
「チリリン」と郵便再配の自転車が通る潮騒の街
夏休みは日焼けに競争でしたね。
私も詩的に書くので
テンポが良くて読みやすいです!
海、麦わら帽子、向日葵と言えば真夏。季節感がありますね。
そこに少女。
大人の女性にとっては、真夏の紫外線は大敵で、日中仕方なく出かける時は、日焼け止めクリームを塗りたくりの上、日傘でしょうから。海の防波堤の先端に座るなんて、自殺行為であり得ない。
やはり、真夏の海には、太陽光をものともしない少女を使うのが正解でしょう。
そう言えば、僕もこないだ少女を使いました。
さて、本作の描写から、風景や情景が思い浮かびました。作者の描写をヒントに、あとは読者である私が勝手に想像することが出来ました。ありがとうございます。
また、向日葵をどのように使うのか、と思っていたら、正解である麦わら帽子に飾る、を選択していただき安心しましたw
あと、ちょっとした風景や情景を表現・伝えるには、短文の超短編小説が向いてる気がしました。
こんなにたくさん感想コメントありがとうございます!
舐め回すように読ませていただきました。嬉しいです!
このぐらいの年の少女はみんな、今の自分の若さ瑞々しさ美しさ女性らしさをよくわかっていて、すごくきらきらしていて好きなんです。それが読者の方にも伝わったようで本当に嬉しいです。
この返信が届いているのかわかりませんが読んでくださってありがとうございました!
初めまして、爪楊枝と申します。
夏色の、眩しい陽光が想起される作品ですね。
若くて瑞々しい二人のやりとりが、
海面に映る光のようにキラキラしていていいです。
拙い言葉での形容を躊躇う男の子が、素直で可愛らしいなぁと。