無一物―川っぷちの物語

  • 超短編 422文字
  • シリーズ
  • 2017年07月02日 22時台

  • 著者: 1: howame
  •  机上の本の中に、無一物という言葉が出てきた。いい年をして、ことばを知らない私だからさっそく調べてみる。
    そうか、むいちもつと読むのね。本来無一物・・・

     私はキカンボウだったのだろうか。幼いころ母にこっぴどく叱られた。
    小学生に上がるころだったのだろうか。6歳くらいか。
    怒ると怖い母親が、カンカンになって「お前なんか出ていけ!」と言うから、
    幼い私はしかたなく、あの縁側のある家から出て行こうとした。
    すると母は「お前の服も私のだから置いていけ!」と怒鳴る。
    私は迷わず、服を脱いでそのまま出て行こうとする。あの頃は素っ裸なんて全然恥ずかしくなかったから。

    すると母はビックリして私の手を引っ張って止めるではないか。
    わたしは「な~んだ、おとなってこんなものかぁ」と思ったような気がする。
    母は私が川に飛び込んで死んじゃうんじゃないかと思ったという。
     
     思いもかけず、あの昭和30年代が思い起こされて、不覚にも涙ぐんでしまった。
    母も若かったし、私もあまりにも幼かった。

    【投稿者: 1: howame】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      1: howame

      今までも川っぷちの家に住んでいたことを書いていましたが、また思い出したことがあったんで書かせていただきました。


    2. 2.

      1: 鉄工所

      コールタールの塗られた
      電柱に裸電球が灯る宵

      このシリーズは大好きです。

      ゆうこと効かないと
      押入れや物置に良く入れられました…
      ある意味虐待が当たり前の時代

      僕は崖下の借家でした。


    3. 3.

      1: howame

      鉄工所さん、コメントありがとうございます。
      そうでしたね。電信柱は裸電球で商店街はにぎやかだった。
      私は4人兄妹のの末子だったから、母も育てるのが大変で、甘やかされて、ひねくれた子だったんですねきっと。
      母は怖いけど、一生懸命育ててくれたのだと思います。
      私の家は借地で、平屋の3部屋に北の台所、裏に井戸といった家でした。


    4. 4.

      1: 9: けにお21

      僕は49年生まれなので、昭和30年代は知らないです。
      しかし、漫画三丁目の夕陽や朝ドラを見て、昭和初期のイメージは持っています。

      さて、本作においては、母が子に躾ける姿を表していますね。
      「服を脱いで出ていけ」って言ったものの、心配になって手を引き、止めたってところが、母だな思いました。

      ちゃんした人になって欲しい、無事でいて欲しい、との子に対する2つの思いが入り混じっていました。

      小説の面白さにも種類がありますが、心の機微を表すってことも、その面白さの一つだと思います。

      母の心とは、こう言うものだと改めて気がつきました。それに人を育てると言うことは大変だな、母は大変だな、と感じました。

      しかし、最近だと、主夫もいるし、育メンなんて言葉もあるぐらいなので、母だけが育児するものではないのでしょうね。これも時代の移り変わりなのかな。一方でシングルマザーが増えたりしてるから、母だけも多そう。


    5. 5.

      1: howame

      けにお21さん、コメントありがとうございます。
      そうですか。私はけにおさんより20年余り年上ですね(笑)
      私は甘やかされて、わがままだったのを、母がお尻たたいたりして、
      直してくれてたのかもしれません。
      直りきれなかったところは、小学校のお坊さんみたいな名前の先生が
      お説教をいっぱいしてくれたので、だいぶ直ったと思っています。
      確かに子育ては大変ですね。


    6. 6.

      猫の耳

      縁側……縁台、ちゃぶ台、はいちょう、蚊帳、手水……えへへ、懐かしい風景。私は泣いてばかりいました。


    7. 7.

      1: howame

      猫の耳さん、コメントありがとうございます。
      猫の耳さんも縁側とか、蚊帳とかしっているんですか?
      泣いてばかりいた猫の耳さんは、可愛らしい女の子だったんですね。
      私はぼけっとしたのんき者の子どもだったと思っているんですが、
      小学校の友だちがおしゃまだったとか、いう人もいるんですよね。


    8. 8.

      ことは

      howameさん、こんばんは。小さい頃の母とのやりとりを思い出して、懐かしい気分になりました。子供には子供なりのプライドや、理屈があるのを大人に理解してほしくて、でも、理解されなくて悲しくて。でも今となっては、必要な躾だったのだと、感謝しています。

      話は変わりますが、今度の土日に東京でオフ会を開催します。同じ頃に小説会に参加されたhowameさんと一度お話してみたいと思っておりまして…ご迷惑でなければ是非ご検討いただけませんか?(*^^*)


    9. 9.

      1: howame

      ことはさん、コメントありがとうございます。はっきりは覚えてないけど、やはり私は矯正されるべき子どもだったのだとおもっています。両親や小学校の担任の先生に感謝しなければいけませんね。

      私もことはさんにはお目にかかってみたいな~と思っています。オフ会はミドルエイジのでんでろ3さんも参加されないようですので、中高年の私は恥ずかしいのであります。


    10. 10.

      ことは

      howameさん、お返事ありがとうございます。こちらのコミュニティの良いところは、超短編小説を通して様々な年代の方や、普段交わることのない職業の方との交流ができるところだなぁと思ってます。実際にオフ会に参加してみて、なおのことそう感じました。みなさん穏やかな方ばかりですし、余計に。
      でも、実際お会いするとなりますと、何かとご事情がおありでしょうからもちろん無理にとはいいません。わがままを言ってしまってすみません(>_<)