五十七階から見える月

  • 超短編 548文字
  • 日常
  • 2017年06月25日 12時台

  • 著者: ことは
  • 長らく降り続いた雨が止んだ。
    敢えて電気は点けない。月明かりのみが部屋を照らす。


    こういった静かな夜にはクラッシックが似合う、と君はしなやかな仕草でCDを入れ換えた。
    そして、耳をすましてやっと聞こえる程度に音量を調整する。

    ラックからビンテージワインを取り出し、栓を抜いてグラスへと注ぐ。
    君は終始優美であった。「独りの時間」の過ごし方をよくわかっているようだ。



    君は、もこもこの靴下を重ね履きして、もう一枚上着を羽織ってベランダに出た。
    窓をあけると、さざ波の音が僅かに聞こえる。
    このところずっと雨だったので、明るい夜に新鮮さを感じているのだろう。
    風を柔らかく吸い込んで、深呼吸。

    月は殆ど真上にある。君はそれを見上げていた。そして暫くして、首がいたいと擦っていた。

    君は知っているかな。
    夜が長いぶん、冬の月は長く空に滞在する。高度も高くなる。
    真夏の太陽と同じだね。違いを云えば、月はそれでも満ちて欠ける。


    君は高層マンションの五十七階に住んでいる。
    辺りは、海のようだ。水面がすぐそこまで上がってきていた。
    本当は、電気なんて来ない。食料だって尽きていた。
    そうだね、世の中には君の想像の範疇を超える出来事というものが、ある。




    水平線。船はない。
    水面に映え、滲んで揺れる月を、君はじっと見詰めていた。




    2014.1.25

    【投稿者: ことは】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      1: 9: けにお21

      これは、アレですね。前に、二人称をテーマに書いた作品ですね。
      懐かしいです。

      二人称で書くと、カッコよくなりますね。いや、ことはさんの腕でカッコよくなっているのかな。

      さて、57階に住んでいたのは君と言うのは、誰なのか?、と想像してみた。

      まず、周りが海と言うことは、温暖化で世界が水没し、高層マンションの57階に住んでいた主人公が取り残された、と勝手に想像してみた。

      しかし後半、食糧や電気が既に尽きたとある。そうなると、普通の人間では生きていられない。
      もしや主人公は人間や動物ではないのでは?と考え直した。

      あ、もしや主人公は鳥で、マンションの57階で羽休めしているのかな?

      しかし、鳥ではワインは嗜まないし、クラシックも聞かないので、冒頭のくだりにそぐわなくなる。

      やはり、主人公は人なのか?

      世界が水没し、マンションの57階に取り残された主人公は、餓死し死んでしまった。
      その霊が、まだマンションのその部屋に住みついていて、昔の生活(クラシックやワイン)をしているのだ。

      きっとそうだ、と勝手に想像した。

      2014年1月と言うことは、3年半年が過ぎたと言うこと。そして僕はこのサイトで4年生ぐらいかな。皆さんとの付き合いも4年?
      感慨深い。


    2. 2.

      ことは

      けにおさんへ
      ご感想いただき、ありがとうございます。しかも覚えていてくださってたなんて嬉しいです。この情景はわたしも夢で見たものですので、様々な解釈があってよいと思います。当事は「電源引けなくても、電池式なオーディオがきっと、あるはず…」と思いながら書いてました。笑
      そうですね、日付は二度見しました。ついこないだ書いたようにおもうのに、三年半も前だなんてびっくりです。これからもよろしくお願いしますね