私は、魔法使いに拾われた。
* * *
「うん、おいしい。また腕を上げたね、リヒター。」
「………えっ?あ、セージ、様?」
理解が追いつかない。目の前には数時間前とまったく同じ景色が広がっていた。
「うん?どうしたんだね、リヒター。」
「あの、セージ様。村は?」
「夕方に一件診察があるね。そのときに行くが、何か欲しいものがあるのかい?」
私はそのとき、セージ様の言葉を思い出した。
(……リヒター。君には必要なことはある程度教えたつもりだ。)
必要なことは、教えている。
「……セージ様!村が大変なんです!もうすぐ火山の噴火が始まります!その前に止めないと!」
「なんだって!?……そうか、そういうことか。」
セージ様は何かを納得すると、すぐに身支度を済ませた。
あの噴火の時間になる前に、火山へ駆けつけた。
「確かに兆候が出始めているね。しかし進行が早いな。避難が間に合わない。」
「か、火山の噴火は止められませんか!?」
「……遅らせることは出来るだろう。私がここに留まり溶岩に干渉すれば時間は稼げる。」
それでは意味がない。セージ様を助けられない。
間違えたのだろうか。おそらくセージ様は魔法で私の意識をこの時間まで飛ばしたのだ。セージ様には何か理由があって自分では村を救えない。だから私に託した。
でも、私は間違えてしまった。このままではみんなを救えない。
(リヒター。君は強く、そして優しい子だ。そして感性の鋭い、賢い子だ。)
(……間違えることはない。)
(リヒター、君なら絶対にできる。)
違う。セージ様は言った。必要なことは教えた。私なら絶対にできる。
(リヒター。君には特別な力がある。魔法は万能ではない。だが君なら万能に限りなく近づける。)
セージ様は言った。魔法は万能ではない。……この言葉、何度か聞いたことがある。もう少し前に……
(魔法もそこまで万能では無いさ。それに、使い過ぎは良くない。)
セージ様は言った。使い過ぎは良くない。……でも、私なら万能に近づけるとも言った。2つの言葉は若干矛盾する。いや、対になっている?
万能ではなく、使い過ぎは良くない。何度も使えない。対になっているのは……
「私なら……何度か使える?」
「り、リヒター?どうしたんだね?」
セージ様は言った。必要なことはもう教えているって。
私がするべきことは?できることは?
私なら、今ここで私しかできないこと……
(君はすごいね。たしかこの料理の作り方も、この前一度見せただけだろう?)
一度見たものを覚えるのは得意……。
私なら、あの方法がある。いや、アレしかない。
私は覚悟を決めた。間違えていたらなんて考えない。セージ様を、信じているから。
「セージ様、待ってて!私、今からみんなを助けてみせるから!」
私は村に急いで駆け降りた。事は一刻を争う。躊躇する暇は無い。
火山の噴火を阻止する事はセージ様にもできない。ならばみんなが助かる可能性は1つしかない。
「おや、リヒターお嬢さんじゃないか。今日はどうしたんだい?」
村の人たちが周りに集まってきた。
私は全員が声の届く範囲にいることを確認して、大声で叫んだ、
「時間がありません!今から魔法をかけるので、意識が戻ったら全員でこの村から避難してください!火山が噴火するんです!」
言い終わると、私は地面に膝をついて祈りの姿勢をとった。
見様見真似だったが、魔力の動きは眼で覚えていた。ただ、それをなぞればいい。これで
村人全員の意識を、更に過去に飛ばせるはずだ。
しかし、まだ何かが足りなかった。
村のみんなが光に包まれたまま、何も起きていない。失敗したのだろうか。
目を閉じて更に力を込める。必死に、必死に。でも、まだ届かない。
力が、足りない。
私は泣きそうになった。ここまで来て失敗したのだ。みんなを、助けられなかったのだ。
諦めようとしていたその時、フッと力が抜けて楽になった。肩に温かいものが乗っている。
セージ様の手だった。そこからたくさん力が流れてくる。確信した。今なら出来る。村全体が、光に包まれた。
それと同時に違和感を感じた。セージ様の力で、この方法は使えなかったのだろうか。
セージ様は言った。私に託すと。
本当に託したのは、この村を噴火から救うことだったのだろうか。
(リヒター。君は今まで魔法を使ったことがあるかい?)
「あっ………!」
(そのとき、何か自分の身に変化はあったかな?)
(……お腹が減った。)
セージ様は、言った。魔法を使ったときには、自分の身に何か変化がある。
私は魔法を使ってお腹が減っても、後でご飯を食べればいい。つまり回復できる。
セージ様は……言った。魔法の使いすぎは、良くないと。
……セージ、様、は………。
セージ、様は……取り返しのつかないものが……減ってしまう?
「イヤ……セージ、様……」
「…………。気がついてしまったんだね。リヒター。君が気負うことはない。……仕方のないことだ。」
この魔法は私だけでは力は足りない。そして、セージ様は私が使う魔力に迫る勢いで力を貸してくれている。もしも私が考えている通りなら、セージ様はもう……
「そんな、イヤだよ……もっと、一緒にいたいよ……」
「…………リヒター。
君に会えてよかった。」
「セージ……様……」
振り返って手を伸ばそうとした時には、私の力は出し切られてしまった。
* * *
意識が戻った先には、セージ様の死体が残っていた。
私の魔法は村全体にかかっていた。つまりそれはセージ様も含まれる。セージ様は、私の魔法の効果で意識を飛ばす前に、力を注ぎすぎてしまったことで死んでしまったのだ。
そして、セージ様は力を注いでくれたとき、同時に私にも同じ魔法をかけていた。
だから、私には一連の記憶が残っていた。
セージ様の日記には、私に遺した言葉が沢山書かれていた。
セージ様の魔法の代償が寿命だったこと、私にこの家を遺すこと、ずっと後に教える予定だった魔法のこと、そして、私ならできるという信頼の言葉。
村の人たちはとても良くしてくれた。セージ様の追悼も、私の心のケアも。
でも私の心には、大きな穴が開いていた。
* * *
もう何年経っただろうか。セージ様の後を継いだ私は、リヒターお嬢さんからセントリヒター様へと、呼ばれ方が変わっていた。
(リヒター。君は聖なる光だ。師匠として誇らしく思う。)
私は、聖なる光。セージ様はそう言ってくれた。
私はその言葉を信じ、胸の奥にソッとしまっていた。
ある日、森の中で薬草をとっていると、酷いケガをした子狐が倒れていた。
ケガの箇所には罠の痕がある。遠くの山村へ続く道に、ポタポタと血が垂れていた。遠くから歩いてきたのだろう、痛む足を引きずって。
幼い頃の、セージ様に拾われた自分の姿と重なった。
子狐の近くまで歩き、しゃがんで様子を見た。
真っ直ぐで無垢な瞳が、此方を向いた。
(リヒター。君には大切な出会いが待っている。君ならすぐにわかるはずだ。間違えることはない。)
セージ様の言葉が、ふと蘇ってきた。
「ねえ、子狐。私の弟子にならない?」
コメント一覧
過去に飛ばす魔法で、村人達を救ったリヒター。
ただし、そこには、師匠の犠牲があった。
悲しい結末。
弱った狐との新たな出会いがあり、お話はまだ続きそう。
ファンタジーもいいですね〜
けにおさん、コメントありがとうございます。
普段、リヒターの魔法は「お腹が減る」という代償で済みましたが、この時だけは「師匠の命」という取り返しのつかない代償を払うことになりました。
弱った狐との物語。実は『狐の弟子入り』に続きます。