新年明けまして、お帰りなさい

  • 超短編 3,945文字
  • 日常
  • 2017年04月15日 23時台

  • 著者: 1: 9: けにお21
  •  冴田 冬乃(さえた ふゆの)は、今年で28回目の正月を迎え、休暇を自宅で過ごしていた。

    冬乃には目立った技能や特徴はなく、容姿は人並みであった。

    いつもの冬乃は、職場から帰ると、ダイニングのテーブルにつき、同居の母が作った暖かい手料理を手早く平らげ、ゆっくり入浴し、頭にタオルを巻き出て、居間で寝そべり、お菓子袋を片手に、お笑いのTV番組などをぼんやり眺めながらウトウト寝るのが日課であった。

     

    この正月休みも、冬乃は自宅から一歩も出ず、居間のこたつを占拠すると、こたつの中から土竜のように顔だけを突き出し、年末のテレビ番組「笑ってはいけない」と紅白と「ジャニーズ祭り」を交互にチャンネルを切り替え、ダラダラと過ごしていた。

    冬乃は最近どこにでもいる未婚女性であった。

     

     

     



     

     

     

    幼少の頃の冬乃は一風変わっていた。

    両手を広げ大空を自由に飛んでみたり、南国の海で泳いでみたり、エジプトのピラミッドを探検したり、頭の中で想像上の世界を作っては遊んでいるような、空想好きな少女であった。

     

    冬乃の両親は、いつもボンヤリとしている冬乃を見ては心配し、「ふうちゃん、どうしたのボンヤリして?具合でも悪いの?」と尋ねたりもしたが、冬乃は「何でもない、何でもないから。大丈夫。」と慌てて顔の前で手を振り、自分が描いたちょっと奇妙な(頭の中の)世界を母や父に見られないよう、誤魔化したものだった。

     

    以前、父に同じ質問をされ、「妖精のデンデロちゃんと森で鬼ごっこをしていたの。でもデンデロちゃんは動きが遅いからすぐ捕まって、遊んでいてもちっとも面白くないの。」と答え、慌てた父に病院へ連れて行かれたことがあったための自己防衛だった。

    空想は外に出してはいけないもの、頭の中に閉じ込めておくもの、と子供ながらに冬乃は学んでいた。

     

    冬乃が小学校に入り、国語の授業で文字や文章を覚えると、読書に惹かれた。

    母に頼み、よく市の図書館に連れて行ってもらった。

    その頃、冬乃が好んで読んだのは、シュペルヴィエルの短編小説であった。同氏の「海の上の少女」や「飼葉桶を囲む牛とロバ」の不思議な世界は、今まで冬乃が頭の中で描いていた世界と酷似しており、冬乃は驚いた。『世の中には私と同じような空想を描いた人がいるのだなあ』と感心しつつ、冬乃は同氏の本を借りてきては何度も読み返した。

     

    日本の作家では、宮沢賢治が冬乃お気に入りであった。

    「セロ弾きゴーシュ」を読んだ後など、「猫を飼いたい」と真剣に母に頼み込み、母を困らせたほどであった。

    面白いことに、「セロを習いたい」ではなく、「猫を飼いたい」であったのだ。冬乃はすでにエドガー・アラン・ポー作の「黒猫」を読んでおり、「猫」という自由きままな動物が空想力を掻き立てさせることをよく知っていたのだ。

    身近に猫を置くことで、趣味の空想に新しいアイデアを得れるのではないかと考えた末の「猫を飼いたい」であった。

     

    冬乃はシュペルヴィエルや宮沢賢治に見られるようなファンタジックな作家の作品を愛し、彼らの世界を巡った。

     

    また、冬乃は小説の素晴らしさに感激した。

    「小説とは、自由な空想を文字に落とすことで、空想世界から現実世界に押し上げることができ、記録することで未来へとつなげることができ、他人に見せては擬似体験をさせることができ、読み返せば何度も疑似体験できる。なんと素晴らしいものなのだろうか。読むだけではなく、いつか私も小説を書いてみたい。」

     

    また、幼少の頃ははっきりとしない空想しかできなかった冬乃であったが、読書を繰り返すことで空想をより鮮明なイメージを描けるまで空想力を高めていた。

     

     

     



     

     

     

    ある日、冬乃は4つ違いの中学生の姉の秋乃にインターネットサイト「短編小説会」を教えてもらった。

    同サイトには魅力的なお話が多く掲載されていた。

    冬乃は、さっそく入会することにした。

    入会当時、まだ小学生だった冬乃は学校の宿題で読書感想文を書くくらいで、0から創造するし小説創作などしたことがなかったので、読むばかりであった。

    しかし、創作に必要な空想力に関しては、幼い頃から独自に鍛えていたため自信があった。

     

    『私にも書けるはず』

     

    入会から3ヶ月後、冬乃は決心した。

    姉の秋乃にパソコン操作を教えてもらいながら、初めて小説らしき物語をパソコンの文章作成ソフトを使い書いた。冬乃は3日間かけて完成させた小説の出来は今ひとつで、ショックだった。

    空想した世界をうまく文字に落とし込めていなかったし、なにより書物として他人に伝えるだけの能力が絶対的に足りていないことに実感した。冬乃自身決して満足できる出来ではなかったが、これ以上の修正を加える技術もなく、これを完成品とした。

    不出来と分かる小説を他人に見せることに恥ずかしさや不安を感じつつ、冬乃は震える指で同サイトへの投稿ボタンを押した。

     

    『しまった!』

     

    子供の頃、頭の中の妖精デンデロちゃんを父に教えたばっかりに、病院に搬送された苦い思い出が頭に蘇った。

    人とは変わっている自分の頭の中の空想を他人に見せると、再び異常者として扱われるのではないか、との不安に襲われた。冬乃はつい創作に夢中になり、忘れていたのだ。

    しかし覆水盆に返らずであり、冬乃は腹をくくることにした。

     

    冬乃の心配をよそに、冬乃の処女作は、文書としては拙いところもあったが、過去にない不思議な世界を見せ、サイト内ではなかなかの好評判であった。

     

    如月「文章には荒さがありますが、作品内の世界観は独特で面白く、私好みの作品です。冬の終わりさん(冬乃のサイト内のペンネーム)は私以上に才能があるかも。磨けばひょっとすると・・・」

     

    同サイトの作家達から、このような期待感に溢れるコメントを頂き、冬乃は天にも昇らんばかりに喜んだ。またこのことが冬乃の自信になった。

     

     



     

     

    その後、同サイトの先輩達から作文のテクニック指南を受けた冬乃はメキメキと上達していった。

    1年後には豊かな文章表現力を身につけ、風景を、建物を、動物を、動きあるものも、ほぼ冬乃のイメージしていたとおりに文字で再現できるほどになっていった。

     

    冬乃が小学生5年生の時に、同サイトに投稿した短編小説『たったひとつの逆説的なやり方』などは、同サイト内の目が肥えた作家陣をうならせたほどの秀作であった。

    冬乃は同サイト内の仲間達と交流を深め、創作三昧の充実した日々を過ごした。また、同タイトルや祭りなどの同サイトの恒例イベントにも欠かさず参加した。この時期の冬乃は短編小説会の湯にドップリと浸かり、湯加減よろしくで、満喫した創作ライフを謳歌していた。

     

    特に創作に関しての、空想世界を現実世界の文字に落とす時の期待感、思い通りに描けた時の満足感、投稿し仲間達に見てもらう際の緊張感、仲間から賞賛を受けた時の喜び、などの快楽から冬乃は創作中毒になっていた。

     

    『面白い小説のネタになるようなものはないか?どこかに落ちてはいないか?』などと日々キョロキョロ探す生活を送り、『む、なんだ。植え込みに雀の大群がいる!これは使えるぞ!』と思えば、ネタノートにすかさず書き込んだりした。

     

     

     



     

     

     

    そんな創作好きな冬乃であったが、年を重ねるにつれ徐々に創作活動は減っていった。

    高校、大学へと進むと、たまにチラっと「短編小説会」を覗くぐらいで、投稿はしなかったし、同サイトの恒例のチャット会にも参加しなくなった。

    社会に出てからは、もう小説創作とは完全に無縁となった。読書についても、新聞やファッション雑誌しか読まず、新聞の連載小説ですら読み飛ばすほどとなった。

    創作活動の停止とともに、幼少の頃から大好きだった空想をすることもしなくなった。

     

    『空想は空想に過ぎず、フィクションはその名のとおり創り物だ。創作や空想は、現実社会や自分の将来に役に立つものではない。幼稚園児がするオママゴトや人形遊びと一緒だ。大人には、もっとやるべきことがあるはずだ。』

     

     

     



     

     

     

    1月3日(早朝)

     

    「今日が最後の休日だ。今回の年末年始の休みは短かったな。ああ、明日、仕事に行きたくないな・・・」とブツブツと言いながら、洗面台の鏡で自分の顔を見て驚いた。

    目が完全に死んでいた。

    「子供の頃はいつもキラキラと輝いていた私の目、どうして、どうして、こんなに濁ってしまったのだろう。。。は? もしかして、空想をしなくなったからでは。そうだ、そうに違いない。よし、空想世界に戻ろう。今ならまだ間に合うはずだ。」

     

    冬乃はコーヒーを片手に、部屋へと戻るとパソコンの前に座り、十数年ぶりに「短編小説会」の文字をパソコンに叩いた。インターネットの検索にいくつかヒットし、探すと検索上位に見慣れた「短編小説会(避難地)」の文字が表示され、ホッとした。

     

    「昔、私がやっていたサイトと名前が似ているけど、同じかな? でも、(避難地)なんて文字あったかな?」と不安を感じながら冬乃はクリックしてみた。

    短編小説会(避難地)のサイト画面に移り、「爪・・」や「鉄・・」など見覚えのある名前がいくつも表示された。

    冬乃は思わず口に含んだばかりのコーヒーをに吹き出した。

     

    「この人達は、まだ空想を見ていたのか・・・」

     

     

     

    ----------------お話はこれにてお終いです。---------------------

     

     

    おそらくそれは、彼が大人になった証拠さ。

    ようやく地に足をつけて現実を歩き出したのだからおめでたい話ではないか。

    もっとも、今後は「しなければならない」や「してはならない」と書かれた鎖に繋がれ、挙げ句、心にもない言葉を口にするようになるだろう。

    残念ながら彼は今までのように、大空を自由に駆けることは難しいだろう。その難しさを例えるなら、すし職人が中華丼を作ることよりずっと難しいはずだ。

     

    ― ペテロの第六の手紙:第四章抜粋 ―

    【投稿者: 1: 9: けにお21】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      1: 9: けにお21

      H28年新年の祭り作。
      僕が作ったことをばれないように細心の注意を払い作った思い出。