理想の花園

  • 超短編 1,887文字
  • 日常
  • 2022年05月21日 19時台

  • 著者: ルート
  • 「素晴らしい庭園ですね。」
    目に染みるような紅色のツツジ、爽やかな空を思わせる青いネモフィラ、薄紫色に煙る藤の花。
    5月の陽光が新緑の中に咲き誇る花々を鮮やかに染め上げていた。
    お世辞ではなく、理想郷を思わせるような素晴らしい庭園だった。
    「ええ、本当に。しかし、そのためには絶え間ない手入れが必要ですがね。」
    と誇らしげな微笑と共に若き村長は答えた。

    私は「奇跡の村」とも呼ばれる山間にある一つの村を取材のため訪問していた。
    その村はこの国の多くの自治体が苦しむ少子高齢化や過疎化とは無縁で、
    才能ある若者が美しい工芸品や先端的な花卉栽培などを営み、非常に高い生産性を誇っていた。
    老人を支えるため税金や社会保障費を上げる必要もなく、低所得者や障碍者もほとんどいないため、
    豊かな村の税収は、小さな村からは想像しがたいような豪奢な公共施設や豊かな子育て支援策として村民に還元されていた。
    私がインタビューを行っているこの庭園もそうした公共施設の一つであり、
    若き村長によればこの村の理念を象徴するシンボルとして作られたとのことだった。

    「まず、財政についてお伺いします。」
    と私は事前の予定通りに切り出した。
    「山間地の多くの自治体が巨額の赤字で苦しむなか、この村の財政は極めて健全です。何が秘訣があるのでしょうか?」
    若き村長は自信に満ちた表情と芝居がかった雄弁な手ぶりで答えた。
    「私どもの村には素晴らしい人材が集まっています。強いて言えばそれが秘訣でしょうか。」
    彼は庭園に咲き誇る花々を指さした。
    「ちょうどこの花園のようなものです。素晴らしい花々が集まれば、自ずから素晴らしい庭園が出来上がるという訳です。」
    私は自分の近所に咲く貧弱な花々と比べずにはいられなかった。
    痩せた地面に根を下ろし、マンションの隙間から漏れるわずかな光を頼りに咲く雑草たち。
    セイヨウタンポポ、ホトケノザ、オオイヌノフグリ、そういったささやかな花々のことを。

    「次に、この村の美しい景観を保つための制度をお聞かせください。」
    と私は話を進めた。庭園に敷き詰められた美しい石畳には隙間から生える雑草一つ見当たらなかった。
    「これに関しては、村独自の条例によってきめ細やかな制度設計がなされております。」
    と若き村長は村の高い生産性を保つための、あるいは生産性を低くしないための仕組みを教えてくれた。
    例えば、住居の購入に関しては、景観を保つために土地売買の最低面積と建築物の容積率に厳密な基準が適用される。
    景観を損ねるような狭小住宅や、背の高いマンション、ホテルの類は事実上禁止されているようだ。
    これによって、広々とした庭を持つ平屋しかこの村には住居として建てられないのだが、
    それは同時にそうした住居を持てるような高所得者以外は村に流入させないという意図もあるのだろう。

    「一部には、いささか排他的なのではないかという声もありますが。」
    と試しに私は切り込んでみた。
    「とんでもありません。全てはこの村で生活する人々の幸せを最大化するためですよ。」
    優美な微笑をいささかも崩すことなく、若き村長は答えた。
    「私どもの村は都市から離れた山間地にあるので人の行き来は少ないかもしれません。
    ただ、こうして遠くから美しい景色や人々の豊かな生活に惹きつけられて観光に来られる方も多いのです。」
    確かにそうだ。この庭園に来る前に村民にもインタビューしたが、その誰もが満足していた。
    美しく健康的で知的レベルも高い高所得者たちだけが集まる村には欠点などないように思われた。
    「この村の一員であることを誇りに思っています。」村民の誰もが口にしていたではないか。そう、誰もが。

    「最後に、この村の将来展望についてお聞かせ下さい。」
    と私はインタビューを締めくくった。
    「村の将来がどうなるかは、全て有能な若者たちにかかっています。」
    若き村長は声に力を入れて強調した。
    「そのために村は多大な投資をしています。才能が芽吹き、豊かに枝を伸ばし、やがて大輪の花を咲かせるためにです。
    私は自らの全てを捧げて肥料をまき、水をやり、手を汚して全ての雑草を抜き続けてきたのです。
    美しく若さに輝く理想郷、それを汚すことなく将来に残すことが私に課せられた使命なのです…。」

    「ありがとうございました。以上で私の取材は終わりです。この美しい村での老後が楽しみですね。」
    しかし、私の何気ない最後の一言に、若き村長は答えなかった。
    彼の顔をこれまで覆っていた自信に満ちた微笑には亀裂が入り、
    眉間には怯えにも似た苦々しい表情を作る深い皺が刻まれていたのだった。

    庭園には萎れた花を剪定する鋏の乾いた音が響いていた。

    【投稿者: ルート】

    あとがき

    はじめましてルートといいます。よろしくお願いします。何かしら(怖くない)コメントを頂けると嬉しいです。小説は比較的古いものが好きです。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      20: なかまくら

      一つの価値観に方向性が整っているからこそ、できることがある一方で、だからこその恐ろしさもあるのでしょうね。
      逃げ出すこともできそうですが、逃げ出しても外の世界ではこの村の住人は生きていけないのかもしれませんね。


    2. 2.

      1: 9: けにお21

      金持ち達が住む、自然豊かで、庭が綺麗な、高級住宅地域。

      そんな地域を取り仕切る、自信に満ちた若き村長も、いずれ老いて、萎れて、死んでいくことのが不安なのかな?

      まあ、後世に理想郷を残すことが使命だなんて殊勝なカッコいいこと言ってるのだから、「腹くくって肥やしになれや❗️」、って言いたいですね。


    3. 3.

      ルート

      なかまくらさん
      コメントありがとうございます!価値観の方向性の話、そうだと思います。もし善人だけの街を作ろう、とかなると実際には地獄を見そうですね。

      けにおさん
      ご感想ありがとうございます。村長は村に生えてきた余計な雑草は手を汚して抜き取ってきた人物ですから、自分が萎れた時にはパチンと剪定されてもおかしくないのです。プーチンさんみたいな人をイメージしています。


    4. 4.

      1: 9: けにお21

      なるほどー!