色がない世界

  • 超短編 2,947文字
  • 日常
  • 2022年01月27日 20時台

  • 著者: 湖楠*
  • 彼女が愛した世界で私はまだ生きている。色は見えないけれど、私の瞳に映るのは相変わらず白と黒だけれど。彼女が愛した色を世界を想像して生きていこう。そう決意した。彼女がいなくなってしまったあの日に。

     世界は色が見えることを禁忌とした。理由はわからない、今はもう知る由はない。けれど、誰だって自分が理解できないもの、異物を進んで受け入れようとはしないだろう。世界が罪を犯したのか、彼女が罪を犯したのか、私には分からない。色が見えるのは罪であり、極刑に値した。

    私に分かるただ唯一の確かな事実は、世界に色はなく、彼女には色があったことだ。



     私は町で普通に暮らしていた。いや、勉強も人間関係も何が良いのか理解できなかった私は、普通ではないかもしれないが。いつからか、こんな世界つまらないと思うようになっていた。町から出て冒険に出てみたいと。

     そんな時、森に入ってみようと思った。森は不気味なものが住んでいるという言い伝えであった。けれど、もしかしたら面白いものがあるかもしれない。好奇心だけで森に入った。

     しかし、森の中をしばらく歩いて気づいた。どこを見ても同じような植物ばかり。…あれ、どこから来たっけ。

     そうなるのも当然である。森など誰も立ち入らないのだから、手入れされているわけもなく、道さえできるはずはない。私の視界にはどれも同じ灰色をした、見分けもつかない植物だらけだった。

     完全に迷った私は、途方に暮れて森の中を歩き続けた。日がすっかり落ちた頃、あたりは暗くなり全く明かりのない中、しかし、その歩いた先に、家があった。森から出る希望を失った今、あの家に頼るしかないと思った。

     そこで、彼女に出会った。人がいるなんて、幻覚でも見てるのか?とも思ったが、そうも言っていられない。素直にこれまでの経緯を話した。

    それを聞いた彼女は、受け入れてくれた。ただし条件付きで。

    「ちょうど同い年くらいね。この年の男の人は頼りになるのよ。ちょうどいいわ人手が欲しかったの。畑を毎年やってるんだけど…女ひとりじゃ、ちょっとね?」

    こうして、彼女と私の生活が始まった。



    「じゃあ、ちょっと貴方の部屋を準備するから、家を歩き回るのもいいし、好きに過ごしていて。」

    しばらく、ここに暮らすことになるだろうから、と彼女が私の部屋を用意してくれている間、好きに過ごすことにした。手伝うことも出来るだろうが、見ず知らずの人に見られたくないものもあるだろう。私は家の中を見て回った。家の至る所に絵が飾られてある。「物好きなものだな…。こんな白黒の絵画どこがいいのやら」と思っていると、廊下の一番奥の部屋から嗅いだことのない匂いがした。少しだけ扉を開くくらいならと、好奇心で扉を開く。

    「この部屋は一体…?」

    「アトリエよ。絵を描くの。」一通りの片づけを終えた彼女が後ろから答える。
    いきなり声が聞こえたことに、びっくりながら「あ…とりえ?」と言葉を繰り返す。

    そんな言葉聞いたことない。当然である。絵が白黒の世界では、一部の人は楽しめても私は、一向に楽しめなかった。知ろうともしなかった。

    びっくりしている私を笑い、部屋の道具を手に取りながら彼女は、
    「あなたも描いてみる?私、両親と自分の絵以外見たことがないから、他人の絵を見てみたいわ。」
    「そこにある絵具や、筆、キャンパスも自由に使っていいわよ。」

    見知らぬ道具ばかり。絵具と思しきものと描き終えたキャンパスが部屋を埋め尽くしている。
    彼女は手招きしながら、部屋に入るよう促す。私は恐る恐る、部屋に入りながらそれらの道具を見る。

    「なぜ、こんなに?絵具はこんなに沢山必要なのか?」

    絵具のラベルにはそれぞれ違う言葉が書いてあった。「赤」「青」「緑」…。
    どれも白、黒。なぜこう分類されているのか理解できなかった。
    私が不思議そうにしているのに、彼女は、

    「何?あなた、絵、描いたことないの?」
    「ない。というか、絵の具がこんなに必要、ということも初めて知った。」
    彼女は少し驚いた顔をして、笑みを浮かべながら、
    「…そっか。じゃあ、私が教えてあげる!」
    そう、意気揚々と、
    「じゃあ…私をモデルにして描いてみて!」

    そう彼女に言われるがまま、私は戸惑ったままキャンパスの前に座らされ_
    「い、いや、まずどれも同じ絵具に見えるんですが…!」

    「え?」彼女がきょとんとする。
    「え?」私も反射で返す。

    「じゃあ、まず色を教えるところから。ね。」と彼女は優しく笑う。
    「そんなに描かせたいのか…。」私は、呆れ顔をした。

    でも、描いてみるのも悪くはない。



    彼女は色を話し、教えてくれた。鮮やかなくらい沢山の色を。
    私は、自分が見ている景色を話した。すべてモノクロであること。

    それは、二つの世界の交流であり、新しい世界が二人の間で生まれようとしていた。

    世界はそんな二人を見過ごさない。私と彼女の間に綻びができることをただ、じっと待っていた。だから、彼女がこう呟いたときに、二人の仲は引き裂かれたのだ。



    二人の生活はとても充実していた。朝起きて、朝食を食べ、畑仕事をし、昼食を食べる。午後はアトリエで色を創り、キャンパスに描く。夕食を食べ、そして眠りにつく。何が起きるわけでもない。ただそれの繰り返し。

    彼女に色を教えてもらっては、絵画を描く。時には彼女と一緒に自分たちだけの色を作る。色は相変わらず見えないままだけど、色を創り、キャンパスに描くことが幸せだった。

    それがただ充実している日々だった。どれだけそこで過ごしていたかわからない。その生活は、いつまでも続くように思えた。しかし、どんなものにも終わりはある。

    夕食を食べ終わった後、彼女は少し外に出てくる。と言って、月明かりが差し、満点の星空が見える丘へと出かける。最近はいつもそうだった。一人になりたいときもあるだろう。しばらくすると帰ってくるのだが、今日は違った。いつまで経っても帰ってこない。私は、彼女が心配になり、迎えに行く。

    「夜風は冷える。もう戻ろう。」そう月明りに見とれている彼女に話しかける。

    彼女は__「ねぇ、この世界って本当に素敵よね。だってどれをとっても素敵な色ばかり。私、本当にこの世界が好きよ。でも、ふと思ってしまったの、この世界から色をなくしたら、次はどんな素敵な色を見せてくれるのかしら。」そう呟く。

    「さぁ、どんな色だろうね」私はそっけなく答える。

    次の日、彼女は姿を消した。一体なぜ?といくら考えても、理由は分からなかった。家の中を探しても見つからない、ならば外かと。探すために、家を出ようと扉を開けて…彼女と再会することはできず、そして私も捕まった。



    この話はきっと誰にも読まれることなく消えるだろう。世界が読むことを許さない。彼女とはあれ以来会っていない。そして物語は彼女と私の死をもって終わるだろう。

    彼女は最初から最期まで優しかった。彼女との生活が色を持たせてくれた。私は最期の時まで色が見えないのだろうか。なぜ世界に色がないのだろうか。なぜ彼女には見えていたのだろうか。今更、考えたところで何も分からない。

    私は間もなく処刑される。異物はこの世界にはいらない存在である。もう彼女は私の世界にはいないけれど、私は最後まで幸せでした。

    色が見えなくとも彼女に出会えて幸せでした。

    【投稿者: 湖楠*】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      20: なかまくら

      冒頭に生きていこうという決意があったのに、最後に死んでしまうだろう、というのは少し悲しいですね。きれいな物語の印象がありますが、色のない世界だからか、どこか寂しさがあります。
      彼女が、「色を無くしてしまったら・・・」と言うのは、彼女という色を失った「私」がどんな反応をするか、どこかで観ているんじゃないか・・・なんて恐ろしい想像をしてしまいました。