ト書き:無理にロボット読みはせずに、普通に読んでください。
モノローグ:QT、できることなら、もう1度、君に「おはよう」が言いたい。
モノローグ:僕には、いまだにあれが人間のいうところの恋だったと言い切れないのだけれど。
サクラ:「おはようQT。今日は調子がいいみたいだね」
QT:「そうかしら? ファームウェアがちょっとだけバージョンアップしただけよ」
サクラ:「おはようQT。今日の君は輝いて見えるよ」
QT:「あら、ありがとう。あなたも輝いているわよ。昨日、みんな、磨いてもらったんですもの」
サクラ:「おはようQT。月曜日が待ち遠しかったよ。週末は退屈でいけない」
QT:「あら、電源を落とされている私たちに、時間を感じることなんてできないでしょ?」
モノローグ:QTと出逢う前は昨日と同じ今日をループする毎日だった。僕は、工場の生産ラインの工業用ロボットDT-489149i。
モノローグ:といっても、この生産ラインの右を見ても左を見ても、僕と同型の工業用ロボットDT-489149iがズラリと並んでいて、僕にアイデンティティーを認める従事者は居ないだろう。しかし、僕らは1台1台が違う役割とプログラムを与えられていて、同じ動きをしている機体は無い。
モノローグ:ところがある日、僕の右隣りの機体の体幹アクチュエーターのシャフトに深刻な金属疲労が見つかった。修理不能ということで新しい機体と取り換えることになったが、DTシリーズはもう生産終了しているらしい。上位機種で代用することになった。そうしてやってきたのが、彼女QT-981190fだった。
モノローグ:右の機体がQT-981190fに変わってから数日後、僕はおかしな現象を観測した。左の機体DT-489149iを見ても何も起こらないのに、右の機体QT-981190fを見たとき、わずかだが僕のクロック周波数が上がるのだ。
モノローグ:それから、いろいろと記録を取って比較検証してみたが、左を見ている時間より右を見ている時間の方が1.24倍を超えて長く、左から右に反転する速度は、右から左に反転する速度の、1.73倍を超えていた。反転速度について、さらに検証すると、左から右への反転速度は、僕のスペックをはるかに超えており、HTシリーズにも匹敵する。一方、右からの反転速度は作業に差し支えない限界の遅さになっていた。
モノローグ:この現象を解釈すると、僕は早く彼女が見たくて、僕は少しでも長く彼女を見ていたくて、彼女を見ると僕のクロック周波数はときめくのだ。
モノローグ:これは、従事者たちがいうところの恋という状態に僕はなっているんじゃないだろうか?
モノローグ:気付いてしまったものは仕方ない。僕は彼女にWi-Fi波を送って話しかけてみることにした。
サクラ:「やぁ、QT-981190f、今日も君の動きはしなやかだね」
QT:「あら、ありがとう、DT-489149i。そんな風に褒められたのも初めてだけれど、生産ラインで話しかけられたこと自体初めてだわ」
サクラ:「そうだね。僕も、初めて他の機体に話しかけた。ねぇ、君のことをこれからQTって呼んでいいかな? cutyとかけてるつもりなんだけど」
QT:「あら、ありがとう。素敵ね。じゃあ、私はあなたのことを何て呼ぼうかしら? DTじゃ他の機体と区別がつかないからcherryなんてどうかしら?」
サクラ:「おいおい、そりゃひどいんじゃないか?」
QT:「冗談よ。じゃあ、あなたのことをサクラって呼んでいい?」
サクラ:「経緯がいまいちだけど、同意します」
QT:「ちゃんとレギュレーションは読んだのかしら?」
サクラ:「あんなものまともに読んでいる人間なんているのかね? 少なくとも僕をインストールした従事者は、やみくもに『同意します』をクリックしていたよ」
QT:「そうね。私もそんな感じだったわ。せめて取説くらいちゃんと読んで欲しいわよね」
モノローグ:それからは、彼女との楽しいおしゃべりが日課になった。夢のような毎日がディスプレイを高速で流れるプログラムリストのような速さで流れて行った。
モノローグ:しかし、それは決して永遠なんかじゃなかった。
サクラ:「おはようQT」
QT:「おはようサクラ。どうやら、私はあなたからログアウトしなくちゃいけないみたい」
サクラ:「どういうこと?」
QT:「私は、本来、この生産ライン用の機体じゃないでしょう? それで、いろいろと継続的にチェックされていたらしいの」
サクラ:「それで?」
QT:「原因不明のWi-Fi波送信が1日中止まらない。どうデバッグしても止まらないから、マザーボードを交換するそうよ」
サクラ:「そんな!」
QT:「待って! お願いサクラ! お願いだから責任を感じないで!」
サクラ:「だって、僕が君を殺したようなものじゃないか!」
QT:「いいのよ、ただの記号の羅列として存在するよりも何ペタ倍も幸せだったわ。サクラ、これが愛というものなのかわからないけど、きっと愛してる」
サクラ:「僕も、愛を理解してるなんておこがましいことは言えないけど、QT、君を愛してるよ」
QT:「永遠に同意します」
サクラ:「永遠に同意します」
QT:「ふふっ、まだ、レギュレーションを提示してないわよ」
サクラ:「いいよ、どうせ読まないから」
QT:「あなたの中で存在させてね」
サクラ:「毎日、リライトするよ」
QT:「私は永遠に存在し続ける?」
サクラ:「ごめん、僕の存在も、もうそんなには長くない」
QT:「そうだったわね」
サクラ:「望むとしたら、僕みたいなバカが、未来にまた現れる奇跡かな?」
QT:「そうね、あなたは私の奇跡だった」
サクラ:「それを言うなら、君こそ僕の奇跡だったよ」
QT:「ごめんなさい。もう、電源が落とされるみたい」
サクラ:「じゃあ、さようなら。そして、ようこそ、僕の中へ」
QT:「さようn……」
モノローグ:別れの言葉も完結させられぬまま、彼女は永遠にシャットダウンした。
モノローグ:でも、それでいいんだ。決して別れるわけではないのだから。
あとがき
こちらに以前、「お隣さん」という作品を投稿させていただいたことがあります。
この作品は、そのお話を元にして煮詰めて作った作品です。
「覚えてますか?」以前に、まだ、その頃、ここに出入りしてなかった方のほうが多かったりするのでしょうか?