5月狐が嫁いる頃、俺はその不思議な空を見上げていた。
空の先には、山があって向こうのほうは晴れていた。
俺は何かに連れられる様に、光を目指して歩き出した。
濡れた地面を歩いていると、嫌な記憶が染み込んだ雨のせいなのか死にたくなった。
この先に、何があるかは分からないが何かきっと変わる気がする。
ーー 歩く 歩く ーー
歩いても歩いても、光がさしていた場所には遠く及ばななかった。
そのうち辺りは薄暗くなってきて遂には光がなくなった。
神に弄ばれている様に思えて、丁度水溜りに写った惨めな自分を見つけた。
何だその個性のない顔は。何だその汚い肌は。何だその虚で腐った様な瞳は。
なりたい自分って何なんだ。未来って何なんだ。進路は幼い頃から死ぬ事だったんだ。
結局死ぬことも許されない、こんな世界を堕落しながら生き延びて一体俺は何がしたいんだ。
・・・こんな人生を誰が認められようか。
目を瞑って、深呼吸すると俺はまた歩き出した。
どうせ山には何もない。
俺はただ現実逃避を繰り返しているだけで、本当は両親や先生なんかの声にきちんと耳を傾けなければならないだろう。
でも何でか、傾けたって何も響かないんだ。親の涙でさえ、俺の心は変えられない。
こんな禄でもない俺を、救おうとする奴はいない。そして、救えない。
だけど俺は、心のどこかで救われたいと願っている。
そして、その救済によって簡単に幸せが手に入る傲慢な理想を思い描いている。
思い描けなければ、俺はきっと生きていく事が敵わない位に弱いんだ。
ぐるぐると、自責の念に駆られていると気がついたら山の麓にまで辿り着いていた。
辺りはすっかり暗くなってしまったが、こっちは晴れていて嫌な雨の匂いがしなかった。
それどころか、初夏の涼しく鼻をつき抜けていく様な爽やかな風が心地いいくらいだった。
宛てもないが、俺はどこか落ち着いた気分で山を登り出した。
灯がなく、また足元が確認しづらいので携帯の明かりをつけた。
すると俺の正面に、女が立っていた。
声は出なかった。じっと女が俺を見つめていた。
何だ、その顔は。何だ、その瞳は。
心をぐっと掴まれて、なぜか涙がこみ上げそうになっていた。
運命ーという言葉が頭をよぎった時は、俺は何故か涙を流した。
泣き崩れた俺に女は近づき、声をかけた。
「よくがんばったね。」
その声だ、その声。初めて聞いたはずのよく知るその声。
「やっと会えたね。」
ありがとう、ありがとう。俺は今日まで生きていて本当によかった。
よく生きた。惨めな俺だが、ただただ生きていて、それで本当によかった。