世界一うまい酒

  • 超短編 1,018文字
  • 日常
  • 2020年07月11日 20時台

  • 著者: 來羽.
  • 東京駅から、何本電車をのりついだだろう。
    ようやく目的の駅について改札を出ると、もう日は沈んでいて真っ暗な街を街灯だけがポツ、ポツ、と足元を照らしてくれる。
    上から見下ろしてくる光が、ビルではなく星に変わっただけなのに、
    こんなにも外が広いと感じたのは久しぶりだ。
    1人で舗装されきっていない砂利道を歩くと、子供の頃こっそりつまみ食いをした時のような、そんな高揚感に包まれる。

    僕は家出をしたのだ。
    ひとり暮らしのワンルーム。狭くてボロいのに家賃が8万もする僕の家から、僕は家出をしたのだ。
    もちろん帰る気なんてないし、仕事だってもうしない。
    言うならば、僕は家出おじさんなんだから。

    先述したとおり僕はおじさん(わかりやすく言うと48歳)だから、家出少年・少女とは違い、ハッキリとした目的地がある。
    それは、とある店で美味しいお酒を飲むことだ。
    スマホからたまたま流れてきた情報に僕は食いついた。
    断っておくが、ただの居酒屋のただのビールではない。
    もっと特別な、世界一うまい酒がこの街のどこかにある。そう、どこかに。
    しかし"この街"は途方もなく広い。
    各停で一駅から一駅間が5分程かかり(僕の体感で)、端から端まで20駅ほどある(これも僕の体感)。
    つまり今日明日で出会えるわけがないのだ。

    そんなわけで晴れて家出をしたわけだが、改札を出て歩くこと15分ほど、こんなことに気が付いた。
    ここにはビジネスホテルすら無いらしい。
    そもそも民家も所々にある程度だ、少なくともこの駅近くには。
    困ったものだ、終電はもうない。
    明かりも向こう5kmはないように見える。
    駅を出た時の高揚感は消え失せ、不安が頭をよぎった。

    それでもよぎる不安となんとか格闘し星を眺める余裕も出てきた頃、遠くに明かりが見えた。
    心なしか歩く足は1.5倍速になり、高揚感も取り戻しつつあった。
    しばらく歩き、見つけた明かりの正体は居酒屋だった。
    どこにでもあるただの居酒屋。
    しかしもう2時間程歩き続けた僕に入らないという選択肢はなく、今日ばかりはここに入り、ただのビールを飲むこととした。

    「おまちどうさま〜!!」
    ドンっと置かれたビールを見て思わず生唾を飲み込んだ。
    そーっとジョッキを掴み口にすると、たまらず半分以上を飲み干す。ジョッキを置くことなく2口目に突入すると、なみなみまで注がれていたビールは一瞬にして消え失せてしまった。
    そして思わず言ってしまったのだ。
    「世界一うまい。」
    ただの居酒屋のただのビールだった。

    【投稿者: 來羽.】

    あとがき

    きっと毎日信じられないくらい頑張って働く独身(48)男性です。
    お疲れ様です。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      20: なかまくら

      冒険に出なければ、今日も明日も見つけられなかったでしょうね。
      うまければ、それが正解って感じがします^^