こんなはずではなかったと友美は思う。
友美は58歳にして、理想の男性誠一郎と出会った。
その頃誠一郎は74歳ではあるが、まだ都内まで通う会社員であった。
誠一郎の声はバリトンで、知性があふれた大学教授のような風貌である。
誠一郎は数年前妻に先立たれ、独立した子どもとは離れ、ひとりで郊外の一軒家に暮らしていた。
誠一郎にとって妻に先立たれた味気ない暮らしの中で、音楽愛好会で出会った友美という美しい女性に運命的なものを感じていた。
なぜなら誠一郎の弟は知己(ともみ)という名の弟がいてその弟も数年前この世を去っていたからである。弟の知己が自分のために送ってくれた配偶者なのに違いないと思われた。
誠一郎は友美を音楽会などに誘い、一緒になってくれと懇願した。友美はうれしかった。
友美には同い年の圭太という夫と33歳の真奈美という娘がいた。夫の圭太は休みの日にはリビングでテレビを見てはゴロゴロしているような男だった。娘はショップ店員だった。もう自分がいなくても彼らはやっていけるのではないかと思われた。
彼のプロポーズに応えることにした。誠一郎との暮らしは新鮮で楽しかった。土日には二人で音楽を聴いたり、コーヒーを飲んだり、近隣のレストランに行って食事したりして過ごした。若い者どうしの恋愛ではないものの、二人の馬は合うように思えた。
六月に籍を入れ、6か月が過ぎた十二月に誠一郎は前妻の七回忌をしなければと言い出した。誠一郎としては自分だけが幸せになってしまったという思いがあり、前妻に申し訳ない気がしていたのだろう。
誠一郎は七回忌に集まった親戚を前にして、今度は十三回忌なのでそれまでは頑張ると宣言した。7年後は誠一郎は81歳、自分は65歳と友美は考えてしまった。
この男は前の奥さんを送るために、自分を迎えたのではないか。自分はこの男の家政婦でしかないのかもしれない。いくら彼が死んだのち財産を残してくれると言ったとしても・・・
その思いは三月に誠一郎が会社を退職して、四月から毎日自宅で過ごすようになったらなお強くなった。誠一郎は読書や書き物が好きで、テレビでお笑い番組を見ることなど皆無なのである。
気難しくて、自分にまで勉強しろと言ってくる。古い男で、まだ仕事を抱える友美ではあるのに家事一切しようとしない。
友美には仕事に疲れて家に帰っても休める場所ではなくなった。家に帰るのが面倒になってきた。
結婚一年目のある日、娘の真奈美から電話が来る。「お母さん私具合が悪いの。帰ってきて!」
その電話を受けて友美は元の我が家へ帰ってみる。
家は荒れていたが、そこで家事をこなしていくと、友美はほっとしている自分を感じた。
ここでの家事は義務ではなく、やるべきことなのだ。
そのまま友美は元の家にとどまり、40日後に誠一郎のもとに行き、離婚届けを書いてもらうことになる。友美は自分が間違っていたことを一年後に確信するのである。
誠一郎と友美の結婚は1年と2か月で終わった。
誠一郎には何が何だかわからなかったのであるが。
あとがき
書いてはみたが、どうでしょう。
コメント一覧
男女何方の立場から
読み解いても感慨深いものがありますね。
でも、恋はそんな感じと割り切るクールな自分もいます。
ある意味回り道は必要なのだと…
人生の教科書は飽くまで参考書
鉄工所さんコメントありがとうございます。
これを書いて、
この結婚では誠一郎だけが何も失わずにいたのに、友美だけが愛娘との生活を奪われたせいではと思いました。
まあ私の想像の中での結論ではありますが。
恋っていうのはやはり恋でいるうちがいいのでしょうか。
なるほど、女性の目線で語られると男性がいかに自分勝手なのかを感じることができますが、実際に、その当事者になるとそれを感じるのは難しい。そのリアリティを感じます。
なかまくらさんコメントありがとうございます。
男性の方がロマンチストで。女性の方がやはり現実的だったせいなのかとも思えてきました。
恋愛は何もわからないうち、いや何も持たないうちにしてしまった方がいいのでしょうかね。