あおり運転のRさんのこと (2)

  • 超短編 2,900文字
  • シリーズ
  • 2019年08月26日 06時台

  • 著者: 2: 幸楽堂
  • 私「Rさんよ、あんたさ、教誨師の先生に福音書のイエスの言葉を読んで主の祈りをする日課を教えられたんでしょ?」
    R「そうだね。5分もあれば済むから日課としては無理ないっすよ。わし日記でもなんでも三日坊主じゃけんの」
    私「おまえ、どこの出身か?広島か?……でもね、ただ、かたちだけやったってしょうがないんだよ。福音書を読んで、その言葉を頭の中に浮かべて『主の祈り』をすると、心が落ち着くはずなんです。怒りとかの負の感情がさ~っとひいて行くみたいな……。そういう心理的効果がないと日課やる意味ないと思うんだけどね。メンタルヘルスは他人にしてもらうもんやなかろう。」
    R「なにがいいたいん? ほなら誰にしてもらうゆうんか、神か?……わしゃそんなことより三度の飯が保証されて夜はぐっすり眠れたらそれでいい」
    私「うん?それは動物と大差ないじゃろ。あんたも宮沢賢治の『雨ニモマケズ』という詩は知ってるだろ?」
    R「雨にもまけず、風にもまけず、雪にも夏の暑さにもまけず……ってアレだらあ~」
    私「まあ、ふつうはそこまでは言えるわな。その先を言える人はあんまりいないんだ」
    R「その先かあ……。小学生の時に全部、暗記させられたのにすっかり忘れたもんで……」
    私「まず、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌであって、あんた『ズ』と言ったが『ヌ』だ。そして次、丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋(イカ)ラズ イツモシズカニワラッテヰル とくるんだが、ここだよ、R君。」
    R「欲がなく怒らないとか、いつも静かに笑っているとか、そんな人間がどこにいる?これは賢治の理想を書いたもんだらあ~」
    私「まあ、理想と言えば道徳なんて大概そうだから元も子もないさ。でも神の聖霊が働けばそういう心境にもなるって話さ。もっとも賢治の場合は法華経だったんだけど、宗教はどこか通じ合うところがある。あおり運転をする者の多くは、強欲で怒りっぽいエゴイストだろう?」
    R「わしはそこまでひどくないだ」
    私「怒りが理性の働きを上回らないようにしないと、あおり運転は繰り返されてしまう。そのためにはふだんから自分で理性の働きを強めるトレーニングをする必要がある。」
    R「カウンセラーと名乗りたがる人間は多いだら。でもピンキリ、玉石混交だら。そいつらに稼がせる手はなかろう。テレビに出てくる臨床心理士とか肩書の連中も胡散臭い奴らばかりだ」
    私「テレビに出てくるような連中は信用しないがいい。それにメンタルヘルスのぬしはつくりぬしだ。カウンセラーとか精神科医なんかに治せる程度の病気なら問題にならない。連中は神ではないんだ、人間にすぎないんだから、できることは限られている。特に人間の心なんか人間がまともに扱えるはずはない。」
    R「そりゃあそうだろう。だからって神が出てくるのもどうかと思うがな。」
    私「あんた、刑務所で教誨、受けたんとちゃうんか?」
    R「そりゃそうだけど……」
    私「カミアレルギーは誰にも少なからずあるわい。でも、わしが言う神は訳語にすぎん。実質は造り主でありイエスの父だ。日本人がよく言う神とはちがう。最近では、ちょっと芸が立つ者を神と言っておだてとる。日本人の神って、しょせんは人間か人間を投影した虚像だからな。聖書が示す『神』はそういう妄想の産物ではない。歴史上に実在したイエスというユダヤ人が天の父・霊の父として表わしたものだわ。この『霊』というんもまた訳語だから日本人がよく言う霊の意味とは違うんだけど、ま、ま、とにかくその霊のはたらきで心が安らぐようになる。聖書の祈りの日課を続けることによってそうしてもらえる。でなきゃ、あんたもあおり運転なんかやめられんし、そん調子じゃへたすりゃ、覚せい剤や大麻などの薬物に手を出すことにもなるぞ~!そうなってからではおそいこともある。Rよ、せっかく人として生まれてきたんだ。なんか世のためになることを一つ、成し遂げて死んでみんかね?」
    R「世のため人のためか……、社会奉仕活動でもしたらええんじゃろ、清掃とか……」
    私「い~や、わしは必ずしもそういうことを言ってるわけじゃないけどな。もちろん清掃作業はいいけどな。あんたがやってきたあおり運転の危険を言うて廻るんもよかろう?」
    R「その前にタバコ銭くれんかな。一服せんとな~んもする気にゃなれんぞい。」
    私「間質性肺炎にでもなって呼吸困難で苦しみたいか?ま、それこそ自己責任だ。小遣いはやろう。そのかわりあおり運転はもうゼッタイやらんと誓え!」
    R「あおり運転なんてくだらんよ。よくあるんは追い越し車線など無い道路だ。のろのろと行くクルマが前におると気の短い人間は隙あらば抜こうとする。それが出来ん場合は車間距離を縮めて速度を出すように、まさにあおるんだら。その結果、追突することもあるんだら。わしはそんなヘマはしとらんが、ギリギリやばかった時もあったで。わしが捕まったんはクラクションとパッシングで前のクルマの運転手を威嚇した結果、あいにくその運転手が心臓が弱いおばんで、ハンドル操作を誤って側壁にぶつかり大けがをしたのがわしのせいにされたからだ~で。ま、一時的な気の迷いゆうやっちゃ。いい年してくさ、抜かれたのなんだのっていちいち追っかけてくさ、前に出て止めてまでしてくさ、運転手を引っ張り出してくさ、ボコボコにしてくさ、警察に通報されてくさ、取り調べを受けてくさ、罰金を払わされてくさ、これ、くだらんとしか思えにゃ~でぇ~」
    私「うん。うん、うん、それでよかよ、いいですよ!もう、そんなくだらんあおり運転なんかせんってな?」
    R「うんにゃ、そいはわからんです。いや、ボク、三河の人間だで、わからんだらあ~、だな……」
    私「なんば言うとるね。Rさんよ、あんた、今の自分の立場、わかっとるんね?そげなこと言うてる場合じゃなかとよ!」
    R「なんね、あんたわしを脅すとね?」
    私「うんにゃ、逆たい!わし、あんたとお友達になりたかと……。」
    R「うん?あんたがわしとね?気持ち悪かね、いや、三河の人間がそげなこと言うたらいかんかった……気持ち悪いだらあ~!」
    私「あんたとおいは、同じ福音書&主の祈りの日課で共通しとるけん、よか相棒になれると思うとよ」
    R「そうね、よか相棒ってね……。ほしたら、わしばもっと自由にしてくださらんと……」
    私「なんがね?なんが……十分、自由にしとるつもりばってんくさ」
    R「うんにゃ……いや、そんなことはないだらあ~。わしの生活ば監視しとるじゃろ?そこがうっとうしいんじゃ。もう自由にさせとくれ。監視はやめてほしいだらあ~」
    私「あんた、なに言うとん?誰のおかげでホームレスの身分から脱却できたっち思うとるとね?うん?ほんなごつ、わしばなめとっとじゃなか?はよ、仕事探せよ!交通ガードマンでも土木作業員でも新聞配達員でもポスティング作業員でもなんでもいいから、合法ならどんな仕事でもいいから、はよ仕事に就いて、自分で家賃払って生活できるようになれよ。そうなるまでは、わしに偉そうなことを言うな!大口たたくな!」
    R「へい、だんな。でも、あんさん、口が悪いな。それでもクリスチャンか?」
    私「………」

    【投稿者: 2: 幸楽堂】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      20: なかまくら

      "私"も見事にRさんに煽られてしまったみたいですね(苦笑
      なかなかの煽り手のようで・・・。