じいじのファンレター その3「中核派の洞口さんへ」

  • 超短編 3,878文字
  • シリーズ
  • 2019年04月30日 21時台

  • 著者: 2: 幸楽堂
  • 〇 聖泉女学院高校 正門
     5月の連休前のある日の夕暮れ、近くに一台の軽自動車が停まった。窓を開けて老人が柔和な表情で外を見ている。禿げ上がった頭に風が当たり、頭頂部に若干残った白髪と口の周りの白髭を揺らしている。その長い髭を手で撫でながら考え事をするのがこの人のクセである。
     老人は古沢重雄、71歳。この人物の素性は「その1」を参照されたい。待ち人は孫の理恵で17歳の新3年生。吹奏楽部でクラリネットを吹いているのだが、改元の連休も練習があるので、遅くなる日はこうしてじいじにクルマで迎えに来てもらうことになっている。理恵の通学手段は自転車だが、古沢家は高校から20キロも離れているので練習でバテた理恵の体には遠すぎるのだ。
     重雄は理恵を迎えに行くのも楽しみのひとつになっていた。なぜなら車中で孫に話相手になってもらえるからだ。超安全運転で引っ張っての約30分は、じいじと孫娘との雑談タイムである。
     重雄の目に、小柄な体に重そうな荷物を抱えながら正門を出てくる笑顔の理恵が映った。
    「じいじ、お待たせ!」
     慣れた手つきでドアを開けて後部座席に荷物を放り込み、助手席に座る理恵。彼女についても「その1」でちょっとふれている。
    「ご苦労さん」
     いとおしむような目で理恵の横顔を見ながら声をかける重雄。
    「さあ、じいじ。今日は何のお話? 誰に手紙を書いたの? 早く聞かせて! 」
     理恵もわきまえたもので、重雄が迎えに来ると車中で話すことが決まってファンレターの中味であるので、先に自分から本日の相手を訊いてくるのだ。
     重雄は感激しやすい気性の持ち主で、何かにつけ感激したり感動すると、その人物にファンレターを書くのであった。但し、それは投函されることのない幻の手紙であり、内容は家族の中でも何故か孫の理恵だけに語り告げられるのである。
    「よし、じゃあ帰るか」
     重雄はエンジンをかけてギヤを入れ、クルマを走らせながら語り始めた。
    「今日の手紙の宛先は、中核派の洞口さんだ」
    「えっ? なんて言ったの、チュ、チュ……」
    「チュウカクハだ」
    「チュウカクハ? なにそれ?」
    「過激派とか極左暴力集団といわれているグループの代表だな」
    「そんなの怖い。それがどうしたの?」
    「その中核派に所属している洞口さんという女性が、東京の杉並区議会の議員に当選したんだよ」
    「それがなんなの?」
    「だから、その洞口さんに手紙を書くわけだ」
    「どうして? 暴力団みたいな人たちでしょ。やくざと同じじゃない。市民の敵よ」
    「まあ、そう言えばそうだが、インターネットの番組に出てたんでちょっと見ていたら、内容はともかく、その発言に誤魔化しがないんだ。態度としては堂々としていて、なるほどなと思ったよ」
    「じいじが騙されてるだけじゃないの? 若い女性だからって見かけで油断したらいけないわ!」
    「そうだな。たしかに相手は過激派の人だから十分に警戒しなきゃいけないという点は理恵の言うとおりだ。でもな、じいじも若い時にマルクスを勉強して、資本主義というものの限界は理解しているつもりなんだ。だから理恵の時代の日本は、今のような資本主義社会が崩壊するのではないか、しなくても崩壊させた方がいいのではないかと思うところもある。もう政党政治自体が限界に来ている。理恵も高校生だから、自民党みたいな政党に日本を任せておけないことはわかるだろう。自分の愚妻を国民より優遇するような人間が総裁に選ばれる政党だからなあ。……」
    「あたしは、よく記者の前で報告する人の方が嫌い。新しい元号を言った人。今の自民党で私たち女子が一番嫌いなのはあの人よ。だってすっごく暗いんだもの」
    「そうだなあ、そんな連中が総理大臣とか官房長官をやるような国だからな。令和おじさんならぬ令和じじいの菅なんか、右言論者の西尾幹二というドイツ文学者がさ、ネット番組でさ、いみじくも、『(菅官房長官は)いかにも教養も知性もないような感じ』(※https://www.youtube.com/watch?v=Od87p00P2Z8 14:40あたりから)だって言ってるがそれはともかく……、民主党政権の大失敗によって日本では自民党に対抗できる革新政党が成立しないことが証明されてしまったから、もう日本はいくところまでいって崩壊するしかないのだと思うけど、理恵がいる以上、じいじはそうも言ってられない。絶望するわけにはいかない。どうしても若い人たちに希望を持ち続けるしかないんだ。そこでじいじの手紙を聞いてほしい。それじゃあ、読み始めるよ」
     と言っても重雄が手紙を取り出して朗読するわけではなく、頭の中に記されている手紙を読むのだ。それも重雄にとっては立派なファンレターなのである。二人を乗せたクルマは市街地を抜けて、田園風景の国道へと入って行った。
    「洞口さん。私には貴女より少し上の娘がいます。そのまた娘の孫がいます。名前は理恵です。この子が大学を出て就職する時に、今のようなブラック企業が横行するような世の中であってほしくないと思います。できれば資本主義はなくなり社会民主主義の世の中になればいいと思っています。そして、理恵のような女性が人権を守られる社会になってほしいと思います。そんな社会は今の国会を見ていると、とても実現しそうには感じません。野党があまりに弱すぎで、頼りないからです。だから洞口さんのような女性が暴力を容認してでも社会を変えたいと思う気持ちは全く理解できないというわけでもないのです。実際、自分たちも若い時には竹竿で機動隊とやり合ったことがありますから。でも暴力を使って実現された社会は、当然ながら暴力を排除することはできません。つまり暴力革命によって生まれてくる社会はけっして平和な社会とは言えないのです。戦争もなくならないでしょう。だから平和な社会を求める以上、あくまでも議会制民主主義の枠内で合法的に社会を変えてゆくしかないというのが私の結論であり信念です。そのためには社民党はちょっともう無理でしょうけど、せいぜい日本共産党あたりが大きくなるしかないと思うのです。真の平和とは、暴力組織が一掃された社会です。すなわち山口組に代表される暴力団・やくざと、あなたがたのようなテロ集団……左翼であれ右翼であれ……がなくならなければ、日本に本当の平和は訪れません。人権利権団体の解同とかも暴力を使う限りにおいてはあなたがたと同じようなものです。暴力には良いとか悪いとかの区別はつけられません。国家権力と戦うための暴力と支配者が民衆を抑圧する暴力とは違うのであり前者は民衆のためなら正当化される……などという理屈が成り立たないことは、あなたがたの内ゲバや連合赤軍のリンチ殺人事件などで実証されています。平和な社会を徹底してゆくと、組織的な暴力だけではなく、個人レベルでも他人のクルマを追いかけて煽って止めてボコボコにするようなチンピラもいなくならなければダメです。もっと言えば、ろくに運転もできないくせに公道でクルマを走らせる高齢者がいなくならなければなりません。私も来年は理恵が高校を卒業したら、免許証は自主返納するつもりです。さて、そういうことで、私も暴力容認という点では洞口さんとは意見が違いますが、どうして今回、こんな手紙を出させてもらったかというと、政治的な内容は別にして、貴女がインターネットの番組とは言え、公の場で自分の意見を誤魔化さず、ぶれずに、はっきりと言われた点を評価したからです。本当なら今後の議員活動を考慮すれば中核派としての素性についてはちょっとオブラートに包んでおきたいところでしょうが、そこは全く誤魔化しませんでしたね。暴力容認それ自体には反対ですが、言いにくいことでも自分の信念を曲げないで言うというその姿勢は立派だと思ったのです。この点は孫の理恵にも見習ってほしいと思います。貴女のように自分の信念を曲げずに発言できる女性になってほしいと思いました。今回の選挙は、貴女が過激派とは知らずに投票した人が多かったと思うので、次の当選はないとは思いますが、それはともかくインターネットで洞口さんの選挙事務所に差し入れられた握り寿司の盛り付けの写真を見て、とても羨ましく思いました。古沢重雄」
    「じいじ、今回はちょっと複雑な気持ちで、素直にはありがとうって言えないけど、でも私たちはどこか誤魔化している面があると思う。特に将来の社会のことなんか考える余裕がないって言い訳してね。でも自分たちの時代は自分たちが作るしかないんだよね。大学生になったら私も政治のこととか考えてみたいと思うわ」
    「そうだな。自民党なんかに任せていたらダメだよ。ばらまき政治をやるような政党は大衆をバカにしているんだ、奴らは金さえやれば言うことをきくってね、そんなもんだよ政治家なんて。野党も同じだ」
    「じいじ、あたし、学校でも、就職してからも、間違っていると思うことははっきりと言える人間になるよ」
    「よし!それでこそ俺の孫だ。理恵、元号が変わるからって日本の社会はなんにも変わらない。むしろこの改元によって悪いところを誤魔化す風潮があるだろう、テレビが仕掛けているよ。今は勉強をしっかりして、そういう誤魔化しの社会を見抜く力を養ってほしいんだ」
    「うん。じいじ、ありがとう。あたし、頑張る」
    そして理恵は、友達のことなどを快活に喋り続けた。
    やがてクルマは自宅に近づいていった。
    「さあ、着いたぞ」
    重雄はエンジンを切って、ハンドルに手を懸け、理恵が玄関に入る背中を見つめながら、ほっと息を吐いた。(終)

    【投稿者: 2: 幸楽堂】

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