アバカスサーキット

  • 超短編 2,577文字
  • 日常
  • 2018年08月29日 23時台

  • 著者: きゅう
  • 「よーい、はじめ。」
    合図とともに紙がめくられ、パチパチと玉をはじく音が鳴る。ここは、珠算競技の大会会場である。何十人という小学生が、前かがみでそろばんの玉をはじいている。そのうちの一人、ユキが、私のはじき手であり今回の主人公だ。引っ込み思案で内気な普通の女の子だが、成長楽しみな子である。

    <出会い>
    ユキは二人姉妹の妹で、姉がやることはなんでも真似したがる典型的な末っ子だ。そろばんもその一つに過ぎなかった。姉が通うそろばん教室に、小学二年生で入った。そうして出会ったのが私、ワンタッチで玉を揃える優れたそろばんだ。彼女は、最初は一桁の見取り算(加算や減算を組み合わせたもの)をこなして基礎を磨いた。
    「なんだか簡単。こんなのなんの役に立つの?」
    子供は正直である。ここで先生は、こんなことを言った。
    「電卓で計算するものは電卓を作ることができないが、そろばんで計算するものは電卓を作ることができるんだ。」
    「なにそれ、かっこいい。」
    そこからユキは熱心に練習に励んだ。自分がしているそろばんがとても偉大に思えたのだ。私をはじく玉数も桁をどんどん増していき、少しくすぐったくもあった。

    <初めての大会>
    私は、ユキ。小学四年生。今日は初めてのそろばん大会だ。相棒のそろばんはばっちりカバンの中にある。
    「今回は初めてだし、空気に慣れて気軽にやろう。」
    っと、軽い気持ちで大会に臨んだ。大会は、乗算(掛け算)、除算(割り算)、見取り算、見取り暗算がそれぞれ載った問題用紙を時間内に解く競技、見取り算、見取り暗算を読み上げる、読み上げ算、読み上げ暗算がある。
    「よーい、はじめ」
    一斉に紙をめくり計算スタートだ。パチパチ、パチパチ、私はこの音が好き。まるで音楽を奏でるかのように、リズミカルだからだ。
    計算終了後、交換採点で隣と用紙を交換して採点した。間違いは思ったよりあったが、初めてにしては上々である。何より、緊張しなかった。
    読み上げ算、読み上げ暗算とこのまま順調に進むはずだった。しかし、読み上げ暗算でのことだった。何と、予選で全問正解し、1対1の同点決勝をすることになったのだ。最前列へ出て、対戦相手と横並びで問題を解くのだ。舞い上がった。
    「もしかしたら、一位取れるかもしれない。トロフィー手にできるかも。」
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「優勝者決定!」
    声とともに挙がったのは、私の隣の手だった。負けたのだ。
    「悔しい、恥ずかしい。何が最初だから気軽にやればいい、だ。いざ優勝できる可能性が出てきたら意気込んで、舞い上がって、失敗して。本当は、私、勝ちたかった。出るからにはトロフィー欲しかったんだ。」
    この時から、大会には貪欲に向かうようになった。


    <思春期>
    「皆さん、自己紹介カードを書いてみましょう。」
    学校で、先生が一人一人に紙を配った。名前、誕生日、特技、好きなもの、、といった項目が書かれている。わたしは、特技の欄に迷わず「そろばん」っと書いた。満足げにしていると、クラスの男の子が紙をのぞきこみ、
    「うわー、そろばんとか昔もんやん、昔もん。」
    当時、習い事としてそろばんは不人気でマイナーなものだったのだ。
    「昔もんじゃないもん。」
    とユキは反発したが、
    「〇〇くん、サッカーとかかっこいい。」
    「△△ちゃんはピアノだよね」
    という声を聞くうち、うつむきながら特技欄に書いた「そろばん」の文字を消した。
    (私、自分だけ得意げになってはずかしい。)

    <成長>
    彼女は、特技がそろばんということは公にしなくなったが、そろばん自体は続けた。その実力はというと、初めての大会から、悔しさをバネに数々の大会をこなし、読み上げ暗算でも優勝した彼女は小学六年生で県大会に出場した。私はというと、彼女が検定に受かるたび、真新しい級が記されたシールを貼られた。今は、1級の文字が一番光っている。
    県大会には、ヨシダ姉弟という有名な選手がいた。有段者である。今回は普通の競技と結果発表の合間に、エキシビジョンでペア競技があった。くじで引いた絵柄と同じ人とペアを組み、ペアで一つの問題用紙に書かれた問題を解くのだ。彼女はくじ運がいいのか悪いのか、ヨシダ姉とペアになった。すると、ヨシダ姉は両手でそろばんをはじき始めた。私も初めての光景に驚きました。彼女は、もっと驚き、動揺していました。ヨシダ姉はスピードがあり、問題をほとんど解いてもらい、審査員のもとへ行きました。が、
    「やり直し」
    なんとミスがあったのです。彼女は、必死に探しました。足を引っ張っては行けないと思ったのでしょう。すると、ヨシダ姉がはじきミスを始めました。
    ヨシダ弟が寄ってきて、
    「姉ちゃんが悪いな。」
    と言いました。しかし、彼女はわかっていました。
    「スピードの遅い私に、自分の計算リズムを狂わされているんだ。」
    何とか7位入賞しましたが、ヨシダ姉だけなら1位だったでしょう。
    彼女は先生に
    「両手打ち教えてください。もう、自分が実力なくて実力ある人の足を引っ張るのは嫌です。」
    それから、彼女の私をはじくスピードは格段に上がったのでした。



    <人生>
    まずい、まずい。
    私はユキ。暗算が得意な大学三年生。よく飲み会の割り勘計算時は、重宝される。中学生までそろばんをやっていた有段者であることが知れ渡っているからね。そして就職活動真っ只中の今。岐阜から大阪に向けての会社説明会に行く予定だが、電車を乗り過ごしてしまった。さて、そんなピンチな私は必死で考える。予算と、次の電車でどう行けば間に合うか時間を逆算した。すると、次の電車で米原まで行き、そこから新幹線に乗れば、大阪に間に合うと。急いでみどりの窓口へ行き、切符を買った。そして、何とか説明会には間に合った。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「面接が通らない。自己アピールって何?」
    友達に就職活動について愚痴を言う。
    「ユキはさ、確かに遅刻しかけるし、欠点はあるよね。ただ、そのピンチを脱する力というか計算力があるじゃない。」
    「…そうか。」
    家に着き、履歴書の得意なものを書く欄にそろばんと記す。もう、消しゴムで消すことはしない。そして、落ち込んだ気持ちを立て直すように呟く。
    「大丈夫、私はそろばんで人生を作ってきた。」

    【投稿者: きゅう】

    Tweet・・・ツイッターに「読みました。」をする。

    コメント一覧 

    1. 1.

      zenigon

       静寂を打ち破る算術師(詩)の時間を弾く音が聞こえてくる、のような読後感でした。人を形容するとき、計算高い、なんて言いますとちょっとダークなイメージもありますが、論理的思考が優れている、とも言えますよね。


    2. 2.

      きゅう

      コメントありがとうございました。自分の書いたものが他人にどう思われるか知りたくて投稿しました。

      計算高いと、論理的思考は表裏一体かなと私も思います。彼女にはそれが長所になるように書きたかったので電車の乗り方を使いました。