此処には誰もいない。
此れまでもずっと居なかったし、きっと此れからもずっと居ないんだ。
未来のことなんて僕に分かるはずがないのかもしれないけど、そんな気がするんだ。
其処に誰かが居る人を僕は知らないし、きっと其処には誰もいない。
他人のことなんて僕に分かるはずがないのかもしれないけど、そんな気がするんだ。
僕は、そんな風に考えてしまう自分の脳がとても嫌だ。
自分自身の眼鏡がとても歪に思えていて、とても嫌だ。
僕が死んだって、何も変わらない。
変えたいものがある訳では無い、皆を救える世界などとても理想では無いからだ。
ただ、僕は自分を変えたい。ただ、それだけなんだ。
変わることがないのなら、僕はゆっくりと死にたい。
ゆっくりと死ぬことすら、此の世界は許してくれない。
悩み足掻き喚くことすら、此の世界は許してくれない。
そんな世界が別に憎くはない。
そんな世界が別に憎くはない。
一年前、僕(浅原 彰吾)はエピクロスの園に居た。
自分を楽させることを第一に考え、他人と較べることは勿論、自分を中心にして生きていた。
具体的には、自分のやりたい遊びをやっては、自分のやりたくない仕事を放棄する、そんな感じ。
まだ抽象的なのは、否めないけどどんな遊びをしていたかについては、おいおい話すことにする。
そんなある日だった。僕はふと思いついたことがあった。
(モテたいな・・・)とね。
人肌恋しいというか、異性との結びつきが僕はどうしても欲しくなったのだ。
其処で改めて、僕は周りを見渡すことにした。
すると、園の向こうでは懸命にせっせと働いている人たちを見かけた。
(なんでこんなことしてるんだろう・・・可哀そうに)と、正直思った。
ストライクゾーン(19~24)の子を探すべく、僕は所謂ショッピングモールという所に駆け付けた。
其処には、本当に人がたくさん居て、どれも生きている人だとは到底思えなかった。
皆が皆、同じように見えてきて僕は吐き気を催した。
園へと戻ることにした僕は、踵を返した。
その時だった。
ふわり、と空を舞う茶髪の髪が僕の目に留まった。
麦わら帽子を被っていて、表情は良く見えなかったけれど何故だか僕は彼女に、"光"を感じた。
(この人は、なんか違う。)
何故だか、僕をそういう気にさせた。
けれど、話しかける術を知らない僕はただ茫然と彼女が通り過ぎるのを見送った。
ドクンドクンと高鳴る鼓動を秘めながらも、一度返した踵を元に戻すことはなく園へと引き返した。
ボロボロのソファにどかっと座ると、僕はいつもやっているTVゲームを起動させた。
しかし、何故だか全然やる気が起こらなくていつの間にか僕はアパシーとなっていた。
心象をよぎるは、"光"・・・つまりは"麦わらの女"。
暫く悶えながらも、僕は思考を逡巡させた。
其処で、どうしようもできないという現実を知り、その現実を受け止めることができず、僕は悩むようになった。
(何故、何もできないんだ、何でこんな世界なんだ・・・)と。
そして、其れから暫く悩んだ。もうその時、既に其処は園ではなくなっていて、ただの自宅となっていた。
しにたい、しにたい、しね、しね、と何者かに急かされる毎日、辛くないわけがない。
どうして僕だけこんな目に、と毎日のように思った。
ショッピングモールで見かけた人々を思い出しては、頭の中で何回も殺した。
憎くて(羨ましくて)、憎くて(羨ましくて)、堪らなかった。
けれど、疑問に思うこともあった。何故、同じ人間なのに此処まで乖離するのだろうか、と。
広い意味での環境がそうさせているのだろう、と思い立った瞬間、僕は親や自分の育った土地を恨んだ。
親のかけてくる言葉が急に卑しく聞こえ始めて、親の飯が食べれなくなった。
次第に、ゲームをする余裕もなくなり僕は崩壊寸前のところまできていた。
親にチラッと「病気なんじゃないの?」と言われ、その言葉がなぜか胸に響いた。
(そうか、病気だったから僕は普通じゃないのか。)と。
何処か、安堵しながら僕は精神科へと足を運んだ。
そこには、奇声をあげるものもいれば錯乱しながら受付に詰め寄るもの、中々すさまじい所だった。
(うわあ・・・)と思いながらも、自分の名前が呼ばれるのを待った。
「浅原さん」と呼ばれ、此れから何もかも変わるという思いで、僕は先生のもとに向かった。
先生は、僕の頭の中で思い描いていたほど若くもなければ、誠意もないようだった。
一見やる気のなさそうな先生で、(なんか違うなあ・・)と感じた。
「どうしたの?」と突然言われて、僕は困惑した。
(あれ、こんな感じ・・?)
「あ、え、いや、あの・・・」
しどろもどろになっている僕を、覗き込みながら先生は言った。
「ん、どうしたの?なんで今日来たの?」
「ああ、いやあの僕、その最近おかしくて。」
症状というか現状を赤裸々に話した。
ため息をつきながら、先生は僕に言った。
「じゃあ、精神に効くお薬と眠れないとき用の睡眠薬出しとくから、其れで様子みてみようか。」
(え、それだけ?)
僕がきょとんとしていると、先生は困り顔をして鸚鵡のように繰り返した。
「それで様子みてみようか。」
「あ、はい、いえ、僕の病気は何ですか??」
「いや、病気ではないと思うよ。」
色んな気持ちが込み上がりながらも、僕は言われるがまま処方箋を受け取り、薬局で薬をもらった。
(何だこれ・・・)
気持ちが晴れることもなく、太陽がギラギラと照らす真夏のアスファルトを踏み潰すように僕は自宅へと戻った。