何もしなくても明日は来る。
人は誰しもがそう言う。
でも、明日はどうやって来るのかは誰も知らない。
目を開けると私は見知らぬ場所にいた。
青い天井。白い壁。黒い床。そして私が入っている液体で満たされた縦長の器械。そこで初めて上の方からチューブで繋がれているマスクをしていることに気がついた。
しばらくぼーっとしていると液体が減っていき正面が開いた。マスクを外しゆっくりと外に出てみた。それと同時に、部屋の奥の方の扉が開き、私と同じ白い服を着た金髪の20代前半の男が入ってきた。
「やあ、待ってたよ」
「あなた誰?」
私の質問に答えることなく男は私の方に近づいてきた。
「手を出して」
「どうして?」
「いいから。ほら早く」
まるで蛇のように鋭い眼で見つめられ、渋々手を出した。すると男は私の手に何かを握りしめさせた。
「いいか、必ずこれを渡すんだ」
「誰に?それよりもあなた誰?」
「俺が誰かはそのうち分るようになるさ。まあ、俺もついさっき知ったばかりなんだがな」
「これは何?渡さないとどうなるの?」
「知りたきゃ試してみればいい。もう俺には関係ない事だ」
「何で教えたくないの?」
「時間だな。せいぜい楽しめよ」
男はふっと笑うと薄くなっていき、そのまま消えてしまった。
一人取り残された私は手を開き彼から受け取ったものを見た。それは、いくつもの歯車が彫られたただの懐中時計だった。穴が開くくらいじっと見たが何も分からなかったので、それをポケットに入れ、彼が入ってきた扉へと向かった。
扉は近づくだけで開き、奥にはたくさんの器械に囲まれたベッドがあった。近づくと急に激しい眠気に襲われそのままベットの上に倒れた。
夢を見た。
世界。いや、地球が見てきた今までの事。それらが流れる水の如く次々と私の中に知識として入ってくる。
ある程度の歴史が過ぎだ頃、さっき男から受け取った懐中時計の事が分かり始めた。
これの正式名称は"時計型記憶装置"。世界の明日がどのように来るのかを知ろうとした哲学者が、その時代には考えられないような技術を使い、初めに私が入っていた装置を作り、時間を人の形として具現化した。そして、その具現化された時間が持っていた物こそが"時計型記憶装置"だった。
つまり、具現化された時間、もとい"今日"とは私の事である。そして、私が存在し続けることが出来るのは"時計型記憶装置"を"明日"に渡すまで。渡さなければ、今日という日が永遠に終わらない。
そこまで分かった頃には、流れてくる歴史は無かった。さっきの男、もとい昨日が言っていた"せいぜい楽しめよ"の意味が何となく分かった気がした。
目が覚めた。
改めて持っている懐中時計を見た。
「これを渡さなければ私は存在し続けられる」
確認の為に呟いてみたが、もう心の中では決心がついていた。
「本当にそれでいいのか?」
そんな声が聞こえた気がした。
「うん。時を紡ぐことは私たち"今日"にしかできないことだし。それに、ここに居ても眠るだけなんだもん」
私の言葉に返す声はもう聞こえなかった。
ベッドから降り隣の部屋に行くと、黒髪の小さな女の子が機械から出てきょとんと立っていた。
そして私は懐中時計を持ったまま笑顔で"明日"に近寄った。
「待ってたよ」
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます。
約3ヶ月ぶりの投稿となります。
次はタイトルが決まり次第、初の長編小説(シリーズ)を投稿したいと思ってます。
コメント一覧
お久しぶりです。
何気なく来ると思っていた未来が、実は、様々な人たちによって受け継がれてきたものだった。面白いアイデアですね。
今作は、短編ならではの、素早く始まって、素早く終わるお話でしたが、”今日”たちの葛藤を考えると、さらにお話が膨らみそうなテーマだとも感じました。