少女が本を持って、軽い足取りでクズ鉄の山を登る。
少女は丈夫な麻のズボンを履いていたが所々破れ体液がにじんでいた。
しかしそんことはどうでもよいとでも言うように、少女は廃材の山を登る。
とても軽い足取りで。
見上げれば、それはそれは美しい夜だった。何百年にわたり世界を塗りつぶしていた煙は上がらず。
血も凍るような冷たい風は、優しく雲を押しのけ宇宙(そら)にトッピングされた温かな星の光を少女に届ける。
少女は本を抱えなおし、白い吐息を吐きながら山を登る。
彼女には世の喧噪はもう届かない、海が月に引き寄せられ、世界を塗りつぶした油を流す。
命の消えゆく世界で少女は人が作った山を登る。
ゴミ漁りで偶然見つけた何かの建物、煤まみれの本がたくさんあって、そこで一冊の本を見つけた。
慎重にめくったページに描かれていたのは、油を掘る機械の無いどこまでも広く広がる海と、そこに映る月。
お菓子の家よりも、白馬の王子様よりも、恋焦がれた。
油と鉄と煙の世界にその世界がやってくる。
星が流した黒い涙を引き寄せて、真ん丸な月が夜空からの涙のように零れ落ちてくる。
少女の眼からは黒い雫が落ちている。この星の人々の身体には赤い血はもう流れていない。
壊した世界で生きる為、彼女たちは生まれ持った姿を捨てた。
少女だった機械はクズ山を登る。この体にもし魂が宿るならその意思に従うために。
廃熱の為の空気の放出は白い吐息となり、まるで彼女が人間であったことをを示すようだ。
この世界が嫌いだった。でもこの世界でないと生きていけなかった。
生きるために油を求めた。自分たちがそうしたくせに。
それももう終わる。この山のてっぺんで終わる。
機械は体液を垂れ流しながら軽い足取りで山を登る。
ほどなくして機械は山を登り切った。そのレンズに映るのは、月と太陽と海が交わる光景だった。
黒い海が赤く染められる。かつてこの体に流れていた液体の色と同じ色に。
涙が落ちる、白い月と赤い太陽と人々の黒い液体の三つの涙が落ちてくる。
老いた星の少女だった機械は、今だけは朝日に塗りつぶされ人になる。
少女は本を慎重に開き、何千回と開いた挿絵のページと目の前の光景を見比べる。
レンズに体液がへばりつき、屈折する光は小さな指輪のように愛おしい。
そのレンズに映された世界の姿は、かつて世界の終焉を描いた挿絵と同じ、美しい滅びのありようだった。
そして少女は、その場で役目を終えたように崩れ落ちる。
数多の彼らの死体でできたクズ鉄の山は、月が落ちるその時を待ちながら、静かに黒い涙を流し続けていた。
あとがき
初参加です。よろしくお願いします。
コメント一覧
美しく、心地よい、言葉の並び。
内容は、人類の終わりらへんに、機械だけが動いているイメージか。
なぜ、人類が滅びたのか?
環境破壊か、核か、おそらくそんなところであろう。
兎も角、人類は滅んだが、AI機能付きのロボットだけが孤独に生き残り、絵本で読んだ光景を見るためにひとり山を登る。
この山も実は、主人公と同様に山の頂上を目指したロボット達の亡骸とは!
空想するに、幻想的でした。
誰だ、こんな美しい調べを奏でる者は?
さて、予想。
宇宙を(そら)と読み方にこだわりを見せている。ここらがヒントなのかしら?
美しい言葉をならべるお方に間違いない。
あとがきの初参加も、ヒントですね。
むむむ、どなたかな??
砂犬ですこんばんは。
このお話好きです。「この星の人々の身体には赤い血はもう流れていない」のくだりとか。
少女だった機械は、かつて自分たちの身体の中を流れていたものを思い出しながら、消えていったんでしょうか。滅びゆくことに喜びを感じてしまうほど荒廃した世界、彼らが犯した業の深さを感じます。
予想、最初は茶屋さんかと思ったんですが、初参加というとどなたでしょうか? もうちょっと考えてみます。
ふっ、自ら名乗るとは。
あなたは、ハツさんか?
スズメノテツパウです。
機械になってしまった少女が、求めるのが、油を掘る機械のない風景であり、心は人間のままに機械としてあり、
山に登る行為、憧れる行為も、人間としての行為としか思えなくて、とてもやりきれない悲しい気持ちですね。
その滅びを詩的に美しく描いていると思います。ここに至るまでに、少女に何があったのかなぁ、とも思います。
さて、作者さん、初参加ということですが、誰でしょう・・・? 今年よく投稿されていた方??
・・・だとしたら、秋水さんとか、こういうの書けそうな感じがしますが、これは、参加者が発表されたら、もう一回考えます~~
そうですね
料理が得意な方かも知れません
最近、描写が丁重な方でしょうか
初参加はその通りであればですね。
「皆さん、おはようございます。こんにちわ、こんばんわ、実況のアメジストです」
「解説のガーネットです」
「ガーネットさん。随分と奇妙かつ美しい作品ですね」
「そうですね、SFというよりいっそファンタジーといったほうがしっくりくるかもしれません。この作品を呼んでまず思ったことはこれほど奇妙かつ独特な世界観なのに文章からそのワンシーンが想像できるという点です。文字で魅せるという作者の意気込みを感じ、そのため上記の感想にもあるように描写が丁寧だと思います。この世界観はディストピアであり滅びゆく世界です。予想は初参加ということは蜜鬼さんでしょうか?しかしそれは偽装のような気がします。ディストピアといえば思い当たる作者はいるのですがムムム」
「世界観からの予想は偽装の危険があるので気を付けなければなりませんね、それでは皆さん次回の予想でお会いしましょう」
シラカバ針です。
滅びゆく世界の中、人が機械に置き換わった有様を詩的に描いていますね。
言葉のひとつひとつにこだわりを感じました。婉曲的だけど、すごく品があって綺麗な文章だと思いました。
いろんなものをより便利に置き換えて世界は更新されて行くけれども、その心の奥底では、効率や生産性といった数字で表される良さ以外も見失わないようにしたいものですね。
もう、分からない!!!
初参加に乗っかる!