月がきれいだ

  • 超短編 738文字
  • 同タイトル
  • 2017年11月27日 23時台

  • 著者: 20: なかまくら
  • 「ああ、月曜日ってさ、月に帰りたくなるよね」
    初め、唐突に彼女はそう言った。彼女は今日に限って、浴衣を着てきていたし、僕も血迷って、タキシードだった。自分の意味不明な恰好に気付いた僕たちは、駅のホームで互いをひとしきり笑って、人気のない、小高い山の上の公園を目指した。
    夏の夜の生ぬるい空気を切るようにして、階段状に並べられた丸太に足を伸ばしていく。
    「草履、大丈夫?」
    「あー、火照って、熱い熱い・・・。その恰好こそ、どうなのよ」
    ぷぷっ、と、彼女は今日初めて駅で会ったときの可笑しさを思い出したのか、口を丸めた手で押さえて笑った。僕は真顔になって、笑う彼女を見る。すると、彼女はますます笑って、幸せを運んでくれる。彼女は水のようで、僕はそこに佇む一本の木のようだと、感じる。心に彼女の楽しさが染み渡ってきて、僕は遅れて綻んでいく。
    ばらばらに解けた金糸を使うなら、贈り物は何だろう、と彼女にぴったりな何かを探してみる。革靴が落ち葉を踏みしめて、その足元を前後左右して、土の上をアリたちが、女王への贈り物をせっせと運んでいくようなそんな気がしてくる。
    「すっかり日が落ちたね」
    「きれいだね」
    「うん、」
    この次だ。この次に彼女は、決まってこういうのだ。「月曜日ってさ・・・」
    それを合図に、雲間からまんまるお月様が現れて、シャランと錫杖が振られて音をこぼす。彼女の浴衣はあっという間に天衣無縫の羽衣へと着せ変わり、内側から薫風のわき上がるように、ひらひらとその衣のすそを絶え間なくたなびかせていく・・・。
    そんな風に彼女が月を見ているから、僕はいつも慌ててこう言うことにしている。
    「じゃあ、火曜日はどうしようか」
    そう言うと、彼女は急に真剣な顔になって、
    「うーん」
    と言って、僕はその横顔を見ている。

    【投稿者: 20: なかまくら】

    あとがき

    恋愛もの、ちょっと書いてみてます。そう、祭りは近いのだ・・・。ふふふ。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      1: howame

      恋愛ものって私、縁遠くなってしまったせいか、甘いものが書けないんですよね。
      なかまくらさんのこの作品は甘い恋愛中という感じでいいですね。


    2. 2.

      こんにちはなかまくらさん。とっても幸せな雰囲気で、素敵だなぁと思いました。「心に彼女の楽しさが染み渡ってきて、僕は遅れて綻んでいく。」のところが上手いなぁと思いました。タイトルにもぴったり合っていて、楽しく読ませていただきました。


    3. 3.

      1: 3: ヒヒヒ

      仲いいなぁ。こう、恋の真っただ中で相手しか見えていない感じがすごい出てますね。

      (すでに偽装が始まっている、だと……騙されませんよっ)


    4. 4.

      20: なかまくら

      >howameさん
      感想ありがとうございます。 甘いものって、書くと、気恥ずかしい気分になるところもありますよね。
      そして、ねーよ、こんなのっ! って、自分の中の誰かが突っ込みを入れてきたりとかも(笑


      >桜さん
      感想ありがとうございます。こんにちは。読んでくださってありがとうございました。
      何でもない会話が出来るって、幸せってことかなぁと思いますね。


    5. 5.

      20: なかまくら

      >ヒヒヒさん
      感想ありがとうございます。タイミング同時!?
      2人だけの世界ですよね~。だからちょっと周りから見たらおかしなことだってしちゃうんです。