あなたの好きな世界

  • 超短編 1,839文字
  • 同タイトル
  • 2017年11月12日 00時台

  • 著者:1: 3: ヒヒヒ
  • 中学の授業で「あなたの好きな世界を文章で表現してみなさい」と言う宿題が出たとき、同級生のしおりはとても寂しいお話を書いてきた。

    誰もいなくなった空っぽの都市を、1人でずっと旅するお話。起きて、食料を探して、日記を書いて、眠る。その繰り返し。誰かに会うこともなく、誰かと話すこともない、何の目的もなく、何の変化もない。

    「さすがに悲しすぎないか」と言うと、彼女は感情の籠らない声で「そうかな」と答えた。「そう言う純也はどうなの」

    俺は魚まみれの世界を書いた。海底に潜む生きた化石、シーラカンス。海中で繰り広げられるサメとシャチの進化史に残る激戦を尻目に、浅瀬でヤドカリが家探しに奔走している。そんな世界。

    「お前のも人間いないじゃん」と、しおりに突っ込まれて言葉に詰まった。それきり会話が途切れる。がやがやと騒がしい教室の端でぼそぼそと、会話にすらなってないやり取りを交わす陰気な二人組、それが私としおりだった。

    似た者同士。クラスの中でペアを組めと言われた時に、余ってしまうやつら。仲が良いわけでもなく、休み時間の時はお互い自分の世界にこもって、言葉を交わすことはほとんどなかった。

    それから10年後、そのしおりと、同窓会で再会することになった。「お前が来るとは思わなかった」と言うと「あんたこそ」と返された。

    人並みの社交スキルは身につけたようだ、中学の時には絶対に話さなかったような子たちとも、適当な世間話で盛り上がれるようになっている。昔なら「くだらない」と言って一顧だにしなかったゴシップにも、場を白けさせない程度に加われていた。

    そんなしおりの姿を見て、寂しくなっている自分がいた。だけど、根っこの方は変わってないらしい。時間が経つにつれ、しおりの口数は少なくなってゆき、ふと気付いた時には、二人して壁に背をつけ、はしゃぐ同級生たちをぼんやりと眺めていた。

    「あれ、今も好きなのか」

    「あれってなに」しおりは気だるそうに、低い声で答えた。

    「昔書いたろ。無人の都市を一人で歩く話」

    「ああ。黒歴史」グラスに口をつける顔が険しくなったのは、照れ隠しだろうか。

    「今も、同じことを思うのか」

    「なにを藪から棒に」

    「いや••••••」自分でも、質問の意図がわからないなと思う。「なんか、懐かしくなってさ」

    「あんたはどうなの。サメとシャチがどうたらこうたらって言ってたっけ」

    「あれ、勝負にならなかった」

    「はい?」

    「サメには肋骨がないんだ。そこを突かれたらどーん、シャチ圧勝」

    しおりがバカにしたように吹き出した。「くっだらな」

    「お前はどうなんだよ」

    しおりはすぐには答えなかった。視線の先では、クラスのお調子者たちが一気飲みに興じている。勝負がついたのか、女の子たちから歓声が上がった。

    ああ言うのをくだらないと言って蔑むのが、俺としおりの共通点だった。

    「もし今、また同じ宿題が出たら」しおりはつぶやくように言った。「同じことを書くと思う。だーれもいない街で、ただただ食料を探すことだけ考えて暮らす生活。そんな生活に憧れてますって」

    「そんな暮らしがしたいのか」

    と聞くと、しおりは首を振った。

    「できたらな、と思うだけ。できっこない、ってわかってる。だってそうなっちゃったら、その夢が叶ってしまったら、私は悲しくて悲しくて、多分すぐにみんなを追いかけてしまうから。••••••私、人間嫌いのくせに、寂しがり屋なんだ」

    「そうか」自分で質問したくせに、なんて返していいかわらず口ごもる。口が上手いやつならなんて言うんだろうと考えて、答えが出ないまま、ああ、まただ、と思う。また会話が途切れる。俺は全然、昔と変わってないんだな、そう思ってため息をつきかけたとき。

    「やめやめ! せっかくの同窓会なんだから、もっと楽しいこと話そう」しおりが、そう言うキャラでもないくせに、無理に明るく言った。

    「最近さ、なにか面白いことあった? 本とか映画でも、なんでもさ」

    顔を覗き込まれて、面食らう。そりゃないとは言わないけど「多分、お前に言ってもわからない••••••」

    それでもいいよ、と、しおりは言う。少し無理しているのがなんとなくわかる。だけどそれは、強制されたとか義務感でやってるっていうふうじゃなかった。例えるなら、今までの自己ベストを越えるために、ちょっとだけ踏ん張ってる、そんな感じ。

    「聞かせてよ」

    そのとき理解した。彼女は踏み出そうとしているのだ。住み慣れた世界から。誰もいない都市から、新たな世界へと。

    「教えてよ。あんたの世界」

    【投稿者:1: 3: ヒヒヒ】

    あとがき

    こんなんできました。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      20: なかまくら

      10年が、2人の関係を曖昧なものから変化させるに至るのですね。
      >自己ベストを越えるために、ちょっとだけ踏ん張ってる、そんな感じ
      この表現、いいですね~! 飾らない素直な表現という感じがして好きです。
      2人の世界にようやく人間が現れるということで・・・
      シャチ&サメに食べられてしまぬよう・・・(待


    2. 2.

      1: 3: ヒヒヒ

      なかまくらさん、コメントありがとうございます。孤高の存在になりきれなかったしおりが、ようやくみんなの輪の中に入る気になったというか、なんというか。
      自己ベストのくだりは、なんというか自分でも意識せずにするするっと出てきた感じでした。
      サメとシャチに囲まれたら、逃げてもいいですよね(泣