夏だ。
暑い日差しの中、丘の上のベンチに腰掛けている。隣にある大木が作る影のおかげで、やんわりと涼しい。
ふわ、と柑橘の爽やかな香りがした。あぁ、今日もいるのか。
「アナタ、いつもここに来るわね。暇なの?」
滑るような足取りでやってくる、白いワンピースの少女。麦わら帽子とサンダルも履いていて、すでに夏を満喫している。
「君こそ。いつもここにいるじゃないか。暇なのか?」
からかうように尋ねれば、頬をふくらませてこちらを睨んでくる。いつも通りのやり取りだ。
「暇なのよ。どうせ、アナタもそうでしょ。ここのベンチに好んで座るのなんて、アナタくらいだわ。」
ふんっと鼻を鳴らし、なぜか僕の隣に腰を下ろす。年頃の娘は、よくわからない。そもそも女の子というものがよくわからない。まぁ、今更考えても遅いけれど。
「好奇心が旺盛だと言ってほしいな。そんなことり君、友達いないの?ここに一緒に来てくれる子とかさ。そしたら、丘のふもとにある公園で遊べば暇じゃないだろ。僕もここで1人景色を眺められてバンザイだ。」
「そうしたいのは山々だけど、私友達いないのよ。」
彼女を見れば、ほんの少し、寂しそうな顔をしていた。珍しいこともあるものだ。なんだか悪いことをしてしまった気がして、僕はそっと少女の肩に触れた。
「...ロリコンって叫ぶわよ。」
「ひどいな!慰めようとしたのに。」
なんだ。元気じゃないか。そっと肩から手を離そうとすると、彼女が僕の手をぎゅっと握った。
「バカね。離していいなんて言ってないわ。もう少し、慰めてなさいよ。友達のいない可哀想な女の子を。」
ムッとした顔で見られるけれど、耳の先が少し赤い。思わず笑いそうになるけれど、それだと彼女の勇気が無駄になる気がして、必死にこらえた。
今更、こんなことできるなんてね。
「昔の僕なら考えられなかったよ。」
ぽつりと呟いた言葉に反応し、彼女が僕を見上げる。
「ほんとバカね。今のアナタも、きっと昔と変わってないわ。」
口を開けば、バカね。バカね。って、いつも笑われる。君には適わないよ。
数秒見つめあった後、彼女は僕の腕を掴んでぐいっと引き寄せた。彼女を抱き寄せたような体勢になる。
別に、嫌ではなかった。困惑もしなかった。ただ僕は、そのまま彼女を抱きしめた。
もう遅いのに。
叶えられないこの思いに、僕は胸を痛めた。
「あら、あのこまたあそこに座ってるわ。」
「ほんとね。」
ベンチの近くを通りかかった奥様方が、彼を見つけた。
「あのこも物好きよね〜。首吊り事件のあった大木の下でぼーっとするなんて。」
「あら吉田さん、知らないの?」
「なにが?」
「......あの子の幼馴染なのよ。亡くなった子。すごく仲が良かったんですって。顔は覚えてないけれど、可愛らしい女の子だったわ。」
「あら。そうだったの...。気の毒ね。」
「バカね。」
クスクスと笑う彼女の横顔を知っている人間は、きっともう、僕しかいない。
コメント一覧
暑い夏に相応しい幽霊との恋愛話。
良いですね〜
亡くなられた少女はオマセだったのかな〜