カトーくん

  • 超短編 2,102文字
  • 日常
  • 2017年06月04日 05時台

  • 著者: k-pan
  • 「ねえ、あなた、カト-くんでしょ?カトーくんだよね!久しぶり!私よ、K中学校で一緒だったミカよ、ハシモトミカ!中学校の卒業式以来だから、2年ぶりかぁ。カトーくん、F高校でも相変わらず女子にモテまくり?」
    「い、いえ人違いですよ。僕はカトーという名ではないし、K中学出身でもF高生でもありません。N高1年生のスドウハジメといいますが......」
     僕は高校1年の時に結構可愛い女子高生にカトーくんと言う人と間違えて声を掛けられた。間違えとは言え、せっかく可愛い女子に声を掛けられたのだから、気の利いたジョークでも返せば良いものを、まだウブだった僕はそんな事など出来る訳もなく、馬鹿正直に自分の素性を明かすだけだった。
    「え?カトーくんじゃないの?ご、ごめんなさい、よく似ている友人と間違えてしまいました……」

    高校入学と同時にこの街に引っ越してきてから、そんな人違いが時たまあるのだった。
    「ねえ、ねえ、あの人さあK中学サッカー部のキャプテンだったカト-くんだよね。今は確かF高2年生でサッカー部のレギュラーらしいけど」街を歩いていると数人の女の子達が僕を指差してそんなヒソヒソ話しをしたり、照れ臭そうに会釈をしながらすれ違う見ず知らずの女の子もいた。
    どうやらそのカトーくんという人は僕より1つ年上らしく、この街では女子に人気の有るチョッとした有名人のようだった。
    僕と顔が似ているくらいだからルックスは大した事がない筈なのに何故にそんなにモテるのか?サッカー部のキャプテンだったから?きっと勉強も出来て女子には優しかったりするんだろうなぁ、なんて考えた。
     当の僕は勉強もスポーツも並で、これと言って何の取り得も無い冴えない高校1年生。実際に学校ではまったく女子にはモテなかった。同じ中学校出身者が一人も居なかった事も有り、男子の友達もなかなか出来ずにいた。もともと内向的って程では無いけれど、小中学生の頃から、クラスの中心的なグループの奴らとは上手く馴染めずにいた。目立つ同級生に対して勝手に劣等感を抱き、距離を取って接していた。しかし、彼らに対するその劣等感は強い憧れの裏返しだったのかもしれない。
     度重なるそんな人違いから、僕は何となく見知らぬカトーくんを意識し始めて、今までの自分を少し変えてみようと考えた。
    それまで全く意識していなかったお洒落などにも気を使う様になり、挨拶もろくにしなかった女子たちとも少しづつ会話をする様になった。勉強も部活の水泳もそれまで以上に頑張った。結果が少しづつ出てくると、頑張る自分自身が段々好きになり、何ごとにも積極的に取り組むようになった。自然と女子、男子の友達が増えて、それまで何となくボンヤリと通っていた毎日の学校生活が変化し、充実したとても楽しいものとなった。高校生活がスタートしたばかりだったというタイミングも、気持ちを新たにするにはちょうど良かったのだろう。

     あっと言う間に1年生の生活が過ぎ、2年生になった。部活の水泳部ではバタフライを得意として、メドレーリレーのメンバーにも選出された。
    夏休み中に県大会が行われた。その県大会の当日、会場であるプールに向かう途中に横断歩道で信号待ちをしていると向う側にF高校の制服を着た、どこか見覚えのある男子がひとりで立っていた。背丈は僕と同じくらいで、スポーツバッグを抱えている。プールとは道路を隔てた反対側のサッカー場でも大会が行われる予定で、信号待ちしている彼はそこに向かう選手の一人の様だ。
    信号が青に変わり、彼がこちらに向かい歩い来て僕とすれ違う。(え?この人どこかで見た事があると思っていたら、僕と顔がそっくりだ!きっとこの人が噂のカトーくんだ!)
     そのカトーくんと思しき高校生も僕の顔を不思議そうにジロジロ見ながらすれ違い、横断歩道を渡っていった。僕は少し緊張していたのだろう、訳もなく軽い会釈などをして彼とすれ違い、その後もその後姿をしばらく見ていた。なるほど、彼は僕のイメージしたとおりに爽やかで清潔感溢れるスポーツマンって感じで、とてもカッコ良い人だった。
    実際の彼が、僕のイメージしていた通りだったのがとても嬉しかった。たった一度すれ違っただけの、言葉も交わした事が無いカトーくん。自分で勝手に作り上げたカッコいい素敵なカトーくん像を目標にして、僕は自分を見つめ直して変わる事が出来た。有意義な学生生活を過ごし、その後も楽しい人生を送れているのはカトーくんのお陰と言っても過言では無いだろう。残念ながらその時以来、僕はカトーくんに一度も会う事は無かった......

    あれから随分と時が経ち、僕はもうすぐ中年と呼ばれる様な歳になった。少しお腹は出っ張り始め、髪も薄くなっている。しかし、同い年の仲間よりは多少若く見られている。会社の部下達には慕われ、多くの友人に恵まれている今の生活には満足している。今でも時々、カトーくんを意識していたあの頃を思い出し、当時の気持ちに戻る事がある。カトーくんはいつまでも僕の目標だ。
     それにしても、カトーくんはあれからどんな人生を送って、今はどんなオジさんになっているんだろうなあ……

    Fin

    【投稿者: k-pan】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      20: なかまくら

      他人から観られていることを意識したり、
      目標が出来たりすると、人というのは大きく変わることが出来るんですよね。
      さわやかないい物語でした。


    2. 2.

      1: 9: けにお21

      分かりやすく、読みやすかったです。

      これがなかなか難しいんですよね。

      何かをしようと思っても、すぐに忘れてしまったり、モチベーションを保てなかったりするもの。

      良い意味で人に見られている、ってことは前向きモチベーションの維持に効果的と思います。

      もし、カトー君が変な人だったら、主人公の人生も変わってしまっていたのでしょうね。

      子供に読ませても良いような作品に思えました。


    3. 3.

      k-pan

      なかまくらさん、けにおさん
      コメントありがとうございます!
      お返事が大変遅くなりました。
      ナイスミドルと呼ばれる様なカッチョ良いおじさんになりたいです〜🎵