海辺へ......

  • 超短編 2,870文字
  • 恋愛
  • 2023年02月19日 18時台

  • 著者: k-pan

  • 〈海辺へ おんなの想い〉
    暑い日が続きますがお元気にお過ごしですか?わたしは今、15年前のあの夏に、あなたと一度訪れた海のそばで暮らしています。そして、その海が見渡せるレストランで働いています。そう、あの時、あなたと一緒に食事をしたあのレストランです。
     こちらで暮らし始めてから何度か食事をしているうちにオーナーと親しくなり、長く勤めていたウエイトレスさんが辞めたのを機にわたしがここで働くようになったのです。昔取った杵柄ですね、やはりウエイトレスのお仕事は楽しいです。

    あれから15年という、とても長い時間が過ぎたけれど、あの夏の一日は今でも鮮明に憶えています。あなたの髪型、あなたが着ていた服、このレストランで食べたメニュー、他愛のないお喋りの内容さえも......
    お仕事が忙しかったあなたと、やっと一緒に来られたこの海で過ごした時間は本当に楽しかった。

    あの年の、あの春に、偶然に再会したわたしたち。過去に一度、あなたにサヨナラを言っていたわたしなのに、その時は自分でも信じられない程にあなたにときめいてしまいました。
    3年ぶりに再会したあなたの笑顔は少しも変わって無くて、むしろもっと素敵になっていました。
    しかし、運命のイタズラなのでしょうか。わたしはあなたと再会する数ヶ月前に、別の人とお付き合いを始めていたのでした......

    再会後、連絡先を交換した私たちはそれから度々会う様になりました。お付き合いをしている彼に対しての罪悪感より、あなたに会いたいという気持ちの方が大きい自分に戸惑いながらも、あなたに誘われるままに逢瀬を重ねました。仕事が忙しいあなただったから、それはいつも短い時間でのデートでした。
    あなたに対する気持が大きく膨らむわたしは、彼に別れを告げて、あなたと共に生きてゆく事も考えました。けれど、それはあなたの望みではなかったのですね。
    わたしが思い切って彼の存在を打ち明けた後、あなたは何も言わずにわたしの前から姿を消してしまいましたね。
    結局わたしは、自分の気持ちを無理矢理に納得させ、彼と結婚しました。
    でも、わたしの心の歯車には、いつもあなたと言うわだかまりが挟まっていて、上手く回ってくれませんでした......
    夫となった彼は、そんなわたしに対して、常に違和感を感じていたみたいです。優しい夫はわたしを責めることは無かったけれど、結婚生活はどこかギクシャクしていました。
    数年後、子供にも恵まれ無かったわたしたち夫婦は別々の人生を歩む決断をしました。それからわたしはあなたとの思い出のこの地に生活の場を移し、ひとりでひっそり暮らしています。

    あれから、あなたはどこでどんな日々を過ごしていましたか?急に私の前から何も言わず姿を消したあなた。素敵な奥さんが居るのかな......
    逢いたい。あなたに逢いたい。わたしのこの先の人生で、あなたに再会する事は、あの春の様な偶然を待つことでしか叶わな無いのでしょうか。
    ほんの気まぐれでもいいから、あなたがわたしの事を思い出して、この海を訪ねて来て欲しい。そんな叶わぬねがいと共に、わたしはいつもこの海を見つめて待っています。いつまでも......

    〈海辺へ おとこの想い〉
    ぼくは毎年、夏になると15年前のあの日を思い出すんだ。きみと過ごしたあの海辺の一日を......
    25歳だったあの頃のぼくは、都内のレストランのキッチンで働いていた。店はとても人気が有る繁盛店だった。あまりにも忙しくて、その労働環境は過酷を極めていた。スタッフは次々と辞めてしまい、人手不足からぼくは滅多に休日を取る事が出来ない状況だった。だからあの日は久し振りの休日だったんだ。
    きみのリクエストで行ったあの海辺。散歩したりレストランで食事をしたりのゆったり過ごした一日だったね。

    ぼくときみの最初の出逢いはふたりが18歳の時だった。ぼくが最初に勤めたカフェレストランに、きみがホールのアルバイトとして入ってきた。歳の近いふたりは直ぐに打ち解けあい、付き合うようになった。ぼくはまだ見習い調理師で、下働きの仕事は辛かったけど、きみの存在が大きな心の支えになっていた。
    しかし、大学生だったきみは卒業と同時にアルバイトを辞めて大手の食品会社に就職し、配属されたのが遠く離れた県だったね。慣れない土地で初めての一人暮らしや、仕事。携帯電話も無い時代、ぼくとはなかなか連絡が取れず、不安だらけのきみを支えてくれた男性に恋をしてしまっても、ぼくは何も言えなかった......
    ぼくはぼくで、きみと別れたあとに何人かの女の子と付き合ったけれど、きみほど好きになれる人には巡り逢えなかった。

    24歳の頃、きみは一度ぼくに手紙をくれたね。近況報告と共に「わたし、今はひとりです。近々に転勤でそちらに戻ります」と綴られていた。忘れかけていたきみへの想い。きみの気持ちをあれこれと思い計り、心が揺れたけど、仕事に没頭していたその頃のぼくは、その想いに蓋をしてしまった......

    その手紙から約一年後のあの春の日の偶然の再会には本当に驚いた。ぼくが働いていた店に、きみが友達と食事に来たんだよね。人手不足で、キッチンとホールを掛け持ちしながら、慌ただしくしていたぼくの足と目は、客席のきみを見た瞬間に思わず止まってしまった。きみもぼくに気付いた時、とてもビックリしていたね。
    それからは、ふたりで色々な場所に出掛けたね。ぼくがなかなか休めないから、仕事の前や後での短いデートだったけれど、本当に楽しかった。だけど、時折ふっと見せる、影の有るきみの横顔に、ぼくは少し不安を感じていたんだ......
    そして、一緒に過ごしたあの夏の海辺の一日。部屋に帰ると、数時間前まで一緒だったきみから電話が架かってきた。
    ぼくらが再会する数ヶ月前から付き合っている彼が居る事、その彼はとても真面目で優しい事。だけど、きみの気持ちはぼくに傾いている事。時折り涙ぐみながらぼくに打ち明けてくれたね。
    きみと再会する少し前、ぼくにはフランスのレストランで働かないかという誘いが有ったんだ。滅多に無いチャンスだし、働いていた店も卒業したかったので気持ちはもうほとんど決まっていた。
    一緒にフランスに行って欲しいと伝えようかと考えていた時に聞いたきみのそんな話し。
    悩みに悩んだけれど、彼ときみを引き離す事に躊躇い、ぼくは身を引いて黙ってフランスに旅立ったんだ。
    だけど、フランスに居てもきみへの気持ちは消えなくて、ぼくは今も独り身です。
    あれからきみは彼と結婚したのでしょうか。そして、どんな人生を送ったのでしょうか......

    きみはあの海辺のレストランを憶えているだろうか。初めて出逢ってからいろいろな場所に出掛けたふたりなのに、なぜかぼくの中では一番大きな思い出の場所......

    ぼくは来週、15年振りに帰国します。そして偶然にも、知人の紹介で、あの海辺のレストランでシェフとして働く事になりました。
    ふたりで訪れたあの海を眺めながら、ぼくはこれから毎日料理をつくります......
    Fin

    【投稿者: k-pan】

    あとがき

    数年前に書いた物のリメイクです。
    新作執筆のリハビリとしてしばらく旧作のリメイクを致します。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      1: 3: ヒヒヒ

      お久しぶりです。
      切ないすれ違い……かと思いきや、どうやらまた一つの
      ドラマが始まりそうな予感がしますね。


    2. 2.

      20: なかまくら

      お久しぶりです。
      k-panさん、こんな作風だったなぁ! と読んでいたら思い出してすごく懐かしかったです。
      文章全体にゆったりとした優しい雰囲気が満ちているところが素敵ですね。


    3. 3.

      k-pan

      ヒヒヒさん
      本当にご無沙汰しています!
      コメントありがとうございます。
      ここ数年は文章を書いていませんでしたが、久しぶりに新作のアイディアが湧いてきたので筆慣らしがてらに旧作のリメイクをしています。過去の自分にツッコミを入れながらリメイクする作業がこれがまた楽しい!またチョイチョイお邪魔しますので宜しくお願い致します!


    4. 4.

      k-pan

      なかまくらさん
      コメントありがとうございます!
      ご無沙汰してます。憶えていてくれて大感激です。
      ホームグラウンドに帰って来たみたいでとても嬉しいです。
      これからまた拙い文章を綴りたいと思いますのでどうぞよろしくお願い致します!