地獄の悪魔の現在地

  • 超短編 2,070文字
  • 祭り
  • 2023年01月26日 21時台

  • 著者:1: 3: ヒヒヒ
  • 地獄に落ちたことはありますか。

    現代の地獄に悪魔は一種類しかいません。その悪魔は、罪人に想像を絶する責め苦を与えます。地獄に落ちる予定はないと思いますが、一種の保険として、その牢獄のことを知っておくことも悪くはないでしょう。人生、何が起こるかわからないのですから。

    もし、あなたが地獄に落ちたとすれば、あなたは暗く湿った場所で長い間待たされた挙句、一体の悪魔の前に引き出されます。その悪魔は、蝙蝠の顔と長い舌を持ち、文字通りの意味で数えきれないほど多くの腕と尾、そして目を備えています。極限まで見開かれた、兎のような赤い目で、悪魔はあなたを睨み、命じます。

    お前の罪を数えてみろ。

    あなたは一つか二つ、過去に犯したことを言うでしょう。あるいは三つか四つ。十も思い出せればよい方かもしれません。いずれにせよ、悪魔はあなたに向かって怒鳴るでしょう。

    足りない! 全く足りない! お前が犯した罪を、俺はもっと知っているぞ!

    その時から、あなたの刑期が始まるのです。悪魔はありとあらゆる罪を数えます。あなたが殺した命の数、あなたが折った花の数、あなたが吐いた呪いの数、あなたが食べた種の数。あなたは悪魔の前に正座して、響き渡る声を聞いています。あなたはこの後に控える罰を思って震えるでしょうが、そんなものはありません。血の池地獄、針山地獄、悪鬼が控える地底世界、そんなものは、現代の地獄にはないのです。

    あなたが生きた年の数、あなたが生きた時間数、あなたが刻んだ鼓動の数、あなたが吐いた酸素の数……。悪魔が口を開くごとに、悪魔の肩からは新たな腕が生え、手のひらからノートが"湧き出して"きます。その尻からは新たな尾が生え、尾の先が万年筆になって、赤いインクを垂らすのです。

    二月に撒いた豆の数、三月に食べた桃の数、四月についた嘘の数、

    一体何が罪だと言うのだろう? もしあなたがそう思ったのなら、そしてそれを口に出したのなら、悪魔はすぐに教えてくれるでしょう。悪魔が指さす窓の外、地獄の黒い炎に照らされて、小高い山が見えています。それはすべて本なのです。人間が書き上げたすべての法典が、聖典が、規約が、契約が、善悪を示すありとあらゆる基準が、そこに積み上げられているのです。

    悪魔は言います。いったい何が罪で、そうでないか、もはや俺にはわからない。人殺しが非難され、それと同時に英雄扱いされる、そういう時代の善悪など、俺にわかるはずもない。だが、俺が数え上げたものの中に、お前の罪の一切があるはずだ。お前にまつわる事柄で、俺が数えなかったことはない。何一つ、ないのだから。

    鮮血に染まった目を見開いて、悪魔はなおも数えます。お前が造った赤血球の総数、お前が造った白血球の総数……生まれた瞬間のコレステロール値、その一秒後のコレステロール値、二秒後のコレステロール値……瞬間最高コレステロール値、瞬間最低コレステロール値、零歳から一歳になるまでの平均コレステロール値……。

    いったいこれがいつまで続くのか。あなたは我慢ができなくなって、悪魔に聞くでしょう。悪魔は、あなたが口を開くことを禁じません。どんなにくだらない質問であったとしても、知りうる限り答えてくれるでしょう。ですが、たった一つの事だけは、一体いつ終わるのかということだけは、教えてくれません。

    代わりに悪魔は言うのです。ここに来てから、お前が流した涙の数。ここに来てから、お前が俺を呪った数。ここに来てから……。

    やがてあなたは空腹を覚えるでしょう。ですが、地獄に食物などありません。やがてあなたは乾くでしょう。ですが、地獄には水もないのです。

    救いはないのでしょうか? いいえ、やがて悪魔は言います。

    あなたが数えますか。私の代わりに。罪を。すべて。

    一体どうしたことでしょう。あれほど低く、耳障りだった悪魔の声が、穏やかで心地よい、優しい声に聞こえます。悪魔は囁きます。明らかに罠だとわかる言い方で。ですがこれを断れば、悪魔は罪を数えに戻るでしょう。いつ果てるとも知らぬ、あなたの罪を。

    やがてあなたは応じるでしょう。魔女のように狡猾な、悪魔の罠に誘われて。

    その問いに、はい、と答えてしまうのです。「私が数えます。人の罪を、すべて」と、そう言うのです。無限の責め苦に耐えられるほど、人の心は強くはありません。

    悪魔は笑うでしょう。ほほ笑むでしょう。ひび割れた蝙蝠の醜い顔に、満面の笑みを浮かべて。どんな赤ん坊よりも幸せそうな、朗らかな顔で。

    次に目を覚ました時、あなたは異変に気づくでしょう。鼓動がメトロノームのように聞こえます。脳裏に数が張り付きます。それは、あなたが目を覚ましてから何秒経過したかを示しているのです。あなたは自身の目を数えます。四つ、つまり二対あります。その目はもはや、人のそれではありません。地獄の天井を透かして、現世を仰ぎ見ることができる、そう、悪魔の目を、あなたは備えているのです。

    あなたが見上げたその先で、今、一つの命が生まれてきます。そうしてあなたは数え始めるのです。いつ果てるとも知らぬ、人の罪を。

    【投稿者:1: 3: ヒヒヒ】

    あとがき

    今年はいくつ、短編小説を書けるでしょうか。
    使用したキーワードは三月、魔女、面、尾、兎の5つです。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      3: 茶屋

      缶詰です。
      面白い作品です。数には悪魔が潜むという言葉があります。悪魔は人であり、人は悪魔である。
      想えば地獄も人が作ったのかもしれません。地獄への道はいつだって善意で舗装されています。
      人の罪はきっと終わらないでしょう。地獄は永遠ということなのでしょうか?

      キーワードの使い方が上手く、読みやすく。文章力を感じる作品でした。


    2. 2.

      20: なかまくら

      限界積読です。
      それぞれの人にとって、それぞれの悪魔が地獄で待っているのかもしれないな、と思いました。
      悪魔にとっては何が罪かは分からないけれど、悪魔にもわかる罪は、そこで「はい」と答えてくれない人間の回答でしょうね。


    3. 3.

      1: 9: けにお21

      何を持って罪か?
      確かに分からないですね。
      一般的には、法を犯せば、罪になる。しかし法は、各国で、人為的に、感覚的に作ったもの。
      法云々ではなく、自分の胸に手を当てて、罪と感じる過去の行いがあれば、それはもう罪なのかも知れません。
      最後は、人間だった人が、人の罪を数える悪魔になってしまう。怖いです。

      さて、誰だろうなー、
      きっとあの方じゃなかろうか?


    4. 4.

      1: 3: ヒヒヒ

      魔女の弟子です。
      限界積読さんの、それぞれの悪魔が地獄で待っているというの、
      良いですね。数学が嫌いな人にはこの、すべてを数え上げる悪魔。
      国語が嫌いな人には、作者の気持ちを答えさせ続ける悪魔。
      体育が嫌いな人には(以下略