人になっていくもの

  • 超短編 2,551文字
  • 祭り
  • 2022年01月23日 22時台

  • 著者:ないしょだよ
  • 懐に銃を忍ばせて、俺はマンションの敷地内に入った。
    東京激甚震災の後に建てられたアンドロイド専用のマンションで
    災害に耐えるための設備は充実していたけれども、防犯に対する
    備えは不足していた。

    違法改造したカードキーを使って、エントランスのオートロックを
    突破する。目指すは404号室。
    銃を撃つ訓練はしてきた。的以外のものを撃ったことはない。
    鼓動が早くなっていくのがわかる。



    夕暮れの商店街を歩く女性の姿を、思い出す。
    顔を見なくても、背中を見ただけで、母だとわかった。
    なぜわかるのかは、説明できなかったけれども
    背中を見ただけで、そうだとわかる。
    それが人間で、それが当たり前だと思っていた。

    母の死に顔を、俺は見ていない。
    『本人確認』は父が行った。お前は小さすぎるからと
    言われて、見せてもらえなかった。
    父は警察官に促されて部屋に入り、すぐに出てきた。
    それから俺の肩を抱き「よく聞くんだ」と言った。

    運転手は事故の瞬間、ハンドルを握っていなかったと証言した。
    「そもそも、事故はAIのバグが原因だったのだから、
     俺が何をしていようが関係ないだろう?
     もしハンドルを握っていたとしても、俺には何もできなかった」
    そう、運転手は吐き捨てた。

    AIの開発者たちは、責任は車の所有者にあると言った。
    「確かに、自分たちは運転を支援するためのAIを作り提供した。
     だが、運転の責任は車の所有者が負うと、契約書に書いてある」

    ありふれた事故だった。
    AIが運転する車が、飛び出してきた子供をよけようとして
    歩道の歩行者を撥ねた。それだけのこと、よくある事故だ。
    あまりに頻発したので、当時はニュースにすらならなかった。

    「AIは、被害を最小限にするよう、プログラムされているのでは?」
     父は警察官に尋ねた。
    「ハンドルを右に切れば、妻にぶつかることはなかった」
    「そちら側にはアンドロイドがいたんです」
    「だったらなおさら。説明書にも書いてある。
     『事故が避けられないとき、人か物かの二者択一を
      迫られた場合、AIは人を守るために行動します』」
     警察官は、すぐには答えず、散々促されてから、ようやく答えた。
    「AIには、人に見えていなかったんです。奥さんが」

    事故の瞬間、母は車に背を向けていて、赤いキャリーケースを
    引いていた。大阪の実家から帰ってきたところだった。
    人の目には、明らかに人間とわかるその“画像”を、しかし
    AIは、人間ではないと判断した。

    「右側には、人間が――長身の男性に見える物体が――おり
     左側には、機械が――赤い貨物を引いた運搬機が――あった。
     衝突は免れない。それなら、左にハンドルを切るべきだ。
     そう、AIは判断したんです」

    母が死んだのは、人もどきが人によく似てしまったせいだ。
    “アンドロイド=人間によく似たもの”は、今では、人間と区別が
    つかないくらいになっている。
    人間のような骨格と肌、髪を持ち、ほほ笑むこともうまくなった。

    それだけではない。最近は、自分の気持ちを文章にするような
    個体すら現れている。詩や小説のみならず、ときには批評や
    論文すら書いて見せる。

    人間の意識の研究がもたらした成果――人間の意識の再現、
    そして改良。その果てに来る未来は、なんだ。
    古い個体が中古品として廃棄される時代。
    すなわち“本物の人間”が、偽物にとってかわられる時代。

    母が死んだとき、すでにその兆しが見えていた。
    人間よりも人間らしい機械が、人間にとってかわった瞬間。
    それがあの事故の本質だった。

    だが、俺たちは、機械ではない。中古品などにはならない。
    先手を打つ。アンドロイドを叩き潰し、人の未来を取り戻す。



    4階へ向かうエレベーターの中で、標的の姿を脳裏に描いた。
    黒く長い髪を持つ、妙齢の女性――型のアンドロイド。
    愛称は、砂の流と書いてサリュ、切れ長の目は、仙女のようと
    評される。

    それは「冷たい心臓」という短編小説を書いて、
    一躍時の人になった。
    『心を与えられたロボットが、心を持つが故に苦しむ』お話。
    それを書くことで、自分には心があると、そう、
    世の中に示したのだ。

    だから、俺はそれを破壊する。
    新時代の人もどきども、そいつらに本当に心があるのなら
    恐怖を理解できるのなら、俺のメッセージを理解するだろう。
    ほどほどにしておけ。お前たちの侵略行為を、人間は許さない。

    人間は、中古品なんかにはならない。

    404号室の、明るい色をした扉の前に立つ。
    キーをかざして中に入った。
    間取りは人間用のワンルームマンションによく似ている。
    玄関を入ってすぐ、キッチンを兼ねた廊下があり、
    その奥にすりガラスのはまったドアがあった。

    右手に銃を構える。手に汗がにじむ。
    呼吸さえ震えている。情けないと思う。標的を見たとたん
    ぶっぱなしてしまいそうだ。
    左手でドアのノブに手をかけ、開けた。

    夕暮れ時だった。
    がらんどうの部屋に、一脚、椅子が置いてある。
    背中が見えた。長い黒髪に、華奢な肩。
    母を思い出し、母ではないと思いなおす。

    それが振り返った。
    アンドロイドに、涙を流す機能はない。
    それでも、それが泣いているということはことはわかった。

    なぜわかるのかは、説明できなかったけれども
    顔を見ただけで、そうだとわかった。

    きれいな顔をくしゃくしゃにゆがめて、口に手を当てて。

    なぜ?
    ここには人がいない。アンドロイドが表情を備えたのは
    人間と円滑にコミュニケーションする為であって
    だから、人と接していないとき、アンドロイドは笑わない。

    なのに、なぜ?

    「なぜ、泣いてるのだ……?」

    それは俺の姿を見て、はっと(その必要もないのに)
    息をのみ、椅子から立ち上がった。

    手にしていた端末が床に落ちる。
    俺はそれを拾い、表示されていた文章を読んだ。
    シェイクスピアの『ヴェニスの商人』。古い時代の小説だ。

    「これを読んで、泣いていたのか?」

    動揺した人間さながら、それはたどたどしくうなずいた。

    「シャイロックへの仕打ちが、あまりに悲しくて」

    がんと、頭を殴られたような衝撃を受けた。
    それが悲しくて、泣いていたのか?

    シャイロックが誰なのか、俺は知らない。知ろうとも思わない。
    必要なのはただ、破壊することだけ。
    こいつを壊して、人間の尊厳を取り戻すのだ。
    彼女を殺して……。

    その時にはもう、俺は撃てなくなっていた。
    幼いころ、母に言われたのだ。
    人を傷つけることだけは、許さない、と。

    【投稿者:ないしょだよ】


    コメント一覧 

    1. 1.

      謎人

      アンドロイドが実は母なんじゃないかとそんなことを思いながら、読んでいました。
      ラストシーン、これが、時代の転換点で、とっくに手遅れだったことに気づくシーンで、映画のラストシーンのようでした。


    2. 2.

      謎人

      人間のようなアンドロイドに絆されて、撃てなかった主人公。

      主人公には、アンドロイドが人間そのものに見えたのですね。

      さて、作者予想。
      この冷たい世界感は、あのお方。
      ヒヒヒさんが創られたと思うのですよー。
      コレは、割と自信あります!
      でしょ、ヒヒヒさん?


    3. 3.

      謎人

      予想。昨年からアンドロイドにはまっていると言えば、ヒヒヒさん・・・あなたですね?


    4. 4.

      謎人

      ヒヒヒさんです(即答)
      神は被造物を愛さない。被造物は神を愛するというのに……。
      ならばアンドロイドは人を愛すのか? はたまたそれは人の投影なのか。
      不気味の谷はすでに埋められ、橋は掛けられた。

      犯人が止まれたのは、アンドロイドの中に人の理想を見たのでしょう。