コロナ禍で出会った青い鳥【愛】

  • 超短編 2,233文字
  • 日常
  • 2021年09月01日 20時台

  • 著者: 3: 寄り道
  •  それから二カ月後。
     二人で活動して行くことを決めてから初めての楽曲が完成した。
     僕がこれからの活動の最初の一歩として歌詞を作成し、明るいPOPな感じで大まかなメロディーで唄ったデモをLIENで送ると、一週間後にピアノを加えたものが返って来た。
     僕は好きなように作成しているからいいが、好き勝手に作成した曲を視聴し、一週間くらいでピアノを付け加えられる上原さんの腕は見事なものだった。
     LINEやリモートで話し合い、その上で編曲して完成したときには、画面越しに祝杯を挙げた。
    「来月頭にまたそっちに行くので、合わせませんか?」との誘いに乗っかり、早く来月になあらないかなあ、と待ち侘びていると、再び政府から緊急事態宣言が発令された。
     不要不急の外出は自粛され、都道府県を跨いでの移動を制限され、折角曲が完成したのに二人の活動に水を差された。
     「リモートで今まで通り別々に撮ったものを、パソコンで合わせて公開しようよ」という僕の案に「二人で活動して行くための最初の曲は一緒に撮影したい!」と上原さんの切
    望に根負けし、それから二人が再会したのは二カ月経ってからだった。
     二カ月の間に僕はカヴァー曲を一曲Twitterに載せ、まだ完成していないが上原さんも歌詞を書いたとの報せを受けギターで編曲したりと、プロの音楽家ってこんな感じなのかなあと変な妄想をして、コロナ禍で数カ月前までモノクロだった僕の生活が、色彩が帯び始め心が満たされて行った。
     そして再会当日。
     リモートで何度も顔を合わせているのに心に少しの緊張を抱えながら再会し、昼食を済ませると、吉祥寺にある三時間四千円ほどの音楽スタジオをレンタルし、二人揃って初めてセッションした。
     隣同士で初めてセッションするのに長年連れ添ってきた夫婦のような、つうと言えばかあ、阿と言えば吽のような調和で、ギターを弾くのがこんなにも心地いいものだということを改めて実感した。
    「練習しながら、また文化祭のあの時を思い出しちゃった」と上原さんが持参したiPadで録画を始める前に言われた。
     そして録画が始まった。
     昼食時にまず初めに挨拶したいとのことで考えたセリフを話し始めた。
     いつもカヴァー曲やオリジナルソングを録画する際も緊張し何度も撮り直しするのだが、今回は初めての顔出しということもあり比にならないくらいの緊張で、一回目は日本語覚えたての外人みたいに片言になり「緊張しすぎだよ~」と笑われた。 
     三回目で少し噛みはしたものの挨拶を撮り終え、ようやくギターを手に取った。
     二人で作成した【リアリティー】と【火傷】それから新曲の【ファーストステップ】を弾き始め、レンタル時間ギリギリまで撮り続けた。
     貸しスタジオを出る間際お互いに自分自身の写真を撮り、疲労困憊のまま近くのファミレスで先程撮った映像を見始めた。
     上原さんが鞄からBluetoothイヤホンの取り出し、片方を差し出して来たため少し驚いていると「イヤホンはコロナに関係ないですよね」と言われ「ありがとう」と言いながら右耳に装着した。
     初めの挨拶と三本の演奏動画、約二十分の動画を見てから「いいんじゃない?」と伺うと「そうですね。後はYouTubeに載せるために、テロップ付けたりしたら完成だと思うので、ホテルに帰ったらやろうと思います」
    「ありがとうね。色々と」
    「楽しいので全然。それで、私がチャンネルを作っていいんですか?」
    「YouTube素人なんでお願いします」
    「私も、見様見真似でやっているので全然ですけど。まあ松井君より編集力はあるかな」と悪戯っ子ようなあどけない笑顔を見せる上原さんに「言ったなあ」と拗ねて見せる。
     借りた右耳のイヤホンを、テーブルに置いてあったナプキンにアルコール除菌液を滲み込ませ拭いてから返し晩飯を済ませた。
    吉祥駅で「完成したらLINEしますね」と二人は別れた。
     その日の二十二時。完成した動画が届き「明日の二十時に上げようと思います」との報せに「最初の動画は一緒に上げませんか」と誘うと「そうですね。明日、晩御飯もかねて十八時にいつものライオン像の前で待ってます」
     それから僕は、上原さんと活動して行くことを表明した動画を自宅で撮り、明日のバイトの準備をしてからベッドに就いた。

     バイトを終わらせ、足早に待ち合わせ場所に向かうと、もう既に上原さんの姿があった。
    「ごめん。待った?」
    「待った? ってまだ十八時前ですよ。二人して早いですよ」
     歌舞伎町にあるハンバーガーショップでお腹を満たし、二十時にはどこの店も閉店するため、上原さんが泊っているホテルに向かった。
     ホテルでパソコンを開き、改めて完成した動画に不備がないか確認したのち、二十時丁度にチャンネルを開設し動画を公開した。
     その作業が終わると、僕はTwitterにこれから二人で活動して行く動画と、開設したYouTubeチャンネルのURLを載せ投稿。自分のチャンネルにも同じ動画を載せ、説明欄にURLを載せ公開。
     全ての作業が終わり、時計を確認すると二十時半を過ぎていた。
     僕自身は人気はないが、上原さんのYouTubeは人気があったため、動画を公開して数分も経たずに再生数が百回を超えた。
     更新するたびに増える再生数に、二人は笑みをこぼしながら見つめ合い、そして気持ちが一つになった。

     まだ二人の活動は始まったばかり。
     これからどんなことが待ち受けているのかも想像がつかない。
     だがこれだけは確信して言える。

     僕たちにとってコロナは青い鳥だった。

    【投稿者: 3: 寄り道】

    あとがき

     ここまで読んで頂きありがとうございます。
     コロナが日常的な存在であるため、ジャンルを “恋愛” ではなく “日常” にしました。
     意見や感想、お待ちしております。

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    コメント一覧 

    1. 1.

      20: なかまくら

      すごく幸せにはならず、これから幸せになっていくのかな、という感じで終わりましたね。
      日本のどこかで起こっていそうなそんな気もするお話で、リアリティーがあり、
      コロナ禍の中で希望の持てるお話でした。楽しく読ませてもらいました。