早朝、私の車でK群の神社に向かった。神社と言っても辛うじて鳥居がある為にそこが神社とわかるほどにさびれたものだった。
ただ、しめ縄は比較的新しく、手水舎など地元の人が管理はしているようだ。
誰もいなかったので、社務所へ向かい看板に書かれている連絡先を入手。
管理者をしている人とアポイントメントを取り付けた。
「おい、すぐ会えるってよ。いくぞ」
ぼーっとしている三坂に声をかけるが、彼は神社の様子を観察していて気もそぞろといった印象だ。
「あ、あぁ。なんていうか気にならないか?」
「何がだ」
「あれだよ」
三坂が指さしたのは社殿の欄間……それは蟲を食む鳥が描かれていた。
神社の管理をしている人は、縣 巳沙男(あがた みさお)さんという方で、70代の高齢の方だった。
小枝氏の話をすると快く面会を了承してくださった。
縣氏は建築業を営んでいたそうで、今は息子に会社を譲っているがいまも現場に顔を出しているそうで、現場のプレハブにて面会した。簡単な自己紹介をして話を始める。
「いやぁ、すまんなぁ。こんな所で、日を改めて話をすんべきなんでしょうなぁ」
「いえ、我々も話は早い方が助かります。それでこの礼状のことですが」
小枝氏の元に送られてきたと思われる、礼状と同じ紙質の謎のメモを差し出す。
「……それなんですけんど、ワシもちょっと確認したんじゃけど、誰も礼状なんか送ってない言うてるんですよ。小枝君のことは皆、気にはしていましたが連絡先を知らんもんで」
三坂と顔を見合わせる。縣氏は小枝氏と親同士が知り合いで、本人同士も面識があるとのことだった。
「しかし、礼状は確かに神社の住所から届いていました」
「そうはいっても、本当にわからんからなぁ」
「小枝さんは、おそらく同じ場所から送られていた、メモを読んでおかしくなったそうです」
縣氏はメモを読むが、首を傾げる。
「いやぁ、わからんなぁ。お兄さんがた何を調べとるんですか?」
「……」
三坂は黙りっきりだ。なにやら考え込んでいる。
「では、こちらのメモはどうですか?」
【さりさえにてまおさく がんにてさお とてはならぬ】と書かれたメモを渡す。
「……これを、小枝さんが書いていたと?」
顔色が変わった? 縣氏の顔色が微かに変わったような気がする。
「何かご存じですか?」
「あの、神社は元は虫早村という村にあった神社を移したもんで、ワシの父はその村に住んでいた。山間で養蚕をしておったんです」
「この辺りで、昔養蚕が産業であったのは知っています」
「ほうか、物知りですなぁ。そいで、その虫早村では蚕のことを『さえ』と呼んでいたと思います。親父はよう虫を見て『さえ』の仕事は大変じゃったと言うておりました。この文言も神社でみたことがあります。ただ、内容までは……」
虫早とは確か、気が早い、短気と言った意味があったはずだ。
その村で「さえ」は蚕を指すという。蚕は神話や信仰とも結びつきが強い。
今でこそ、養蚕は廃れて信仰も見られなくなったが、古くは養蚕信仰は幅広く伝えられていた。
ならばこの言葉は。そのころの祝詞であるのだろうか?
おそらく祝詞が書かれていたメモに書かれていたミミズのような虫は蚕だ。
小枝氏の失踪に信仰が関係しているのは間違いなさそうだ。
「古い儀式についての書き物も、戦争でほとんどなくなってしまったからなぁ。ちょっと待っとてください」
縣氏が部屋を後にする、横から肘でこずかれる。
横を見ると三坂が憮然とした顔こっちを見ていた。
「何だ?」
「お前、気づかないのかよ?」
意図がわからず、無言でいると三坂はため息をついた。
「はぁ、あの爺さん嘘ついてるぞ」
「嘘?」
「あぁ、わからんなぁ。って言った時だ。あれ完全に惚けてただけだ。心辺りはあるが、言いたくはないって感じか」
「『さえ』についてはよく教えてくれたぞ」
「多分、事態を全ては把握はしていなかったんだ。あの言葉を見た時にこれは不味いと思って知っていることを話し始めたんだよ。すぐに会いたいって言ったのも、事件を調べている俺等が気になったからだ。チッ、本当にヤバイことが起きてんのかもな」
「……」
反論はできるが、三坂の人を見る目は確かだ。学生時代から鋭かったし、訪問看護の職員というのは服薬拒否をしている人や、金銭面で嘘をついている人を観察することで、福祉に通報したりすることもあるという。少し悩んだが三坂のことを信じることにした。
そんな話をしていると、縣氏が古びた箱を持ってきて目の前で開けて見せる、中には一冊の本が入っていた。
「いやぁ、このプレハブはよく使うんで、倉庫もあるんですよ。これ、神社の資料ですな。親父がもっておったけん、これだけは戦争でも無くならずに残っておりました」
「拝見します」
手に取った本は、和紙に手書きで記したものをを絹糸で束ねたもので、字が崩れておりこの場では読めない。
しかもメモの中には神代文字に類似したものもり、解読は困難だ。
ただ、一点だけ気になる点がある。それはどのページにも棒人間のように最低限の線だけで描かれた鳥がいたことだ。
渋い顔をしていると、縣氏が心配そうにこちらを見ていた。
「なにか……わかりますかね?」
「この場ではなんとも、内容を写真にとってもよろしいでしょうか?」
「かまわんですけど」
「それと、神社の欄間にもありましたけど、鳥がこの本にもありますね」
「ンっ……」
縣氏が言葉に詰まる。三坂が口を開く。
「小枝さんは、そりゃあ、変わった人でした。日によっては誰とも話さない日もあったし、周囲に迷惑をかけることもありました。でも、梅を漬けた酒を振舞おうとしたり、配食弁当を食べてニコニコ笑ったり、面白くていい人でしたよ。何か知ってんなら教えてください。あんたも思うことがあるから、俺達に会ってくれたんでしょ?」
「三坂、失礼だぞ」
「いえ、そちらの兄さんの言う通りだ。どうにも年を取ると保身ばかりが走っていけません。ただ、ワシにも家族がいる。この口から漏れたと知られたら……」
沈黙が場を支配する。ゆうに数分をかけて、縣氏は口を開いた。
「あの村では、蚕の他にあるものを作っていました……それは金蚕蟲(きんさんこ)と言って……鳥は……まさか、まだ続いていたなんて……すんません。ここまでで勘弁してください。きっと本に書いてあると思いますけん、ワシからは本当に……」
ガタガタと震える縣氏を見て、これ以上は無理だと判断する。
三坂と目線を合わせ、丁寧に礼を言ってこの場を後にした。
車に乗り込み、三坂は煙草に火を付けた。
「人の車で吸うなよ」
「相馬……お前、キンサンコって聞いて顔色変えたろ。なんか知ってんのか?」
「ネットで調べればわかる程度ならな。金蚕蟲ってのは古い呪術だ。蟲毒っていってな。壺に色んな生き物を入れんだ。蛙、ムカデ、ゲジ、他にも地方や時代によってやり方は違うけどな。そんで壺に閉じ込めた生き物は共食いをする。最後に残った一匹に術を掛けることで金蚕蟲になる。金蚕蟲は定期的に生贄を捧げることでいつまでも生き続ける」
「気味悪い話だな、なんでそんなもんを作るんだよ」
「金蚕蟲は……富を呼ぶとされる。縣さんの会社繁盛しているみたいだな……」
「まさか、そんなオカルト話を信じるわけじゃないよな。だとしたらあの爺さんが小枝さんを生贄にしたっていうのかよ」
「縣さん本人は続いているとは思わなかったって言ったろ。親父さんが虫早村の出身だった。そして金蚕蟲のことを知っていた。あるいはその恩恵を受けていた。そして金蚕蟲は生贄を求め続ける。富を生み出し続けている限りな。虫早村出身で成功している人の中に金蚕蟲を持ち続けている人がいるのかも知れない、その人が小枝氏にコンタクトをとった。思うに『鳥』ってのは生贄を求める金蚕蟲から身を守るものなんじゃないのか?」
「小枝さんは、自分が生贄に選ばれないように鳥の置物を集めていたのか。しかしどっかから手紙がきた」
「金蚕蟲によって得た富は、蟲がいなくなれば無くなる。必死に虫を生かそうとしている奴らがいるのかもな。まぁオカルトな話だ。話している私も信じられないよ」
鼻で笑われるような話だ。しかし……。
三坂はスマフォをいじっている。そしてこちらにつきつけた。
それは小枝氏が持っていた診察券の病院、その創始者のプロフィールだった。
ため息がでる。そこには【出身地:虫早村】と書かれていた。