サンタが与えたもの ~ Last season ~ 最終夜

  • 超短編 1,961文字
  • シリーズ

  • 著者: 3: 寄り道
  • 「目を開けていいぞ」との声に、枡野は目を開け、目の前に立つ男を見て、目を見開く。
    「・・・え?・・・ 嘘!聖也?」
     枡野の表情を見て、やっと会えたと実感して、涙が出そうになるのをぐっと堪え、笑顔を作った。
    「久しぶり!」少しおどけて見せるが、枡野の表情はどんどんと不振に満ちて行く。
    「いや、あり得ない。聖也は死んだのよ」
     恐れている枡野に近付く栗栖であったが、枡野は遠ざかった。
     そういう状況になることは、栗栖も危惧していた。だから〝栗栖聖也を知る者〟という謎の人物をでっちあげ、枡野と話したのだ。
     栗栖は、サンタクロースを呼んだ。
     枡野の前に、知らない爺さんが現れ、さらに恐怖を植え付ける。
     3年前に事故に遭い。去年は、正当防衛ではあるものの黒井を殺害。そして今年は、栗栖聖也にそっくりな謎の男と、白髭の怪しい爺さん。枡野にとって、最悪なクリスマスの連続であった。
    「愛、聞いて欲しいことがあるんだ」今にも逃げ出しそうな枡野を呼び止めた。「信じられないかもしれないが、僕は正真正銘の栗栖聖也だ。でも今は、信じなくていい。だけどこの爺さんの話を聞いてくれないか」
     枡野は何かを諦めたように教会の長椅子に腰かけ、項垂れた。今、教会から逃げ出しても、今まで入院生活で体力がないため、すぐに捕まってしまうだろう、と思ったのだろう。
    「初めまして枡野愛さん。儂はここに住む者です。枡野愛さん。今起こっていることは信じられないことかもしれないが、本当にこの男は、枡野愛さんと交際していた栗栖聖也で間違いない。それを裏付ける話をいくつかしよう」
     聞いているのかどうか分からない、枡野に向かって、サンタクロースは語りだした。
     サンタクロースの話は、3年前枡野が事故に遭って栗栖が教会に現れたときから話は始まった。
     聞く耳を持っていなかった枡野ではあったが、爺さんが語る現実ではありえないような話に、徐々に耳を傾けるようになる。
    「嘘よ!あり得ない。亡くなった聖也が生き返るなんて」
    「でも、本当なんだ。僕の命と引き換えに愛は事故から目覚め、僕の記憶と引き換えに愛は記憶を取り戻し、そして今年やっと、僕は僕の命を取り戻した。中井俊樹の命と引き換えに。でも……」感情が溢れ出し、立て板に水の如く話し出し、枡野の今の心境など顧みず「僕が栗栖聖也だといえる物は何1つ持ってない。だから、愛が信じてくれないのならそれは仕方がない。そのときは僕はもう君の前に現れない」と、枡野が今この瞬間に教会を出て行っても、追いかけない旨を話した。
    「ねえ、私から最後に確認していい?」
     まだ訝しがってはいるものの、栗栖聖也と名乗る男や白髭のこの教会に住むという怪しい爺さんが、栗栖聖也が亡くなってからの枡野の状況を詳細に話すのを聞いて、徐々にではあるものの信じざるを得ない状況に陥っていた枡野であった。
    「なんだ?」
    「後ろを向いて」
     栗栖は言われるがまま、後ろを向いた。
     枡野はゆっくりと立ち上がり、栗栖の首筋辺りの髪をかき上げた。そして、後ろから思い切り抱きしめ、背中に顔を押し付け泣いた。
     栗栖は、枡野の手を解き、改めて枡野を見て「信じてくれるのか?」と枡野の行動に驚きつつも、そっと唇を重ね合わせた。
     重ね終えると枡野は爺さんに向かって問いかけた。「あなたは一体、何者なの?」
     爺さんは白髭を手で撫でてから「世界中の人たちには“サンタクロース”って呼ばれておる」と答えた。
     そんな2人のやり取りを見て、栗栖は3年前を思い出して、笑みがこぼれた。
    「ねえ、サンタさん。1つだけお願いしてもいい?」
    「ん?なんじゃ?」
    「これから先、ずっと私たちのことを見守っていてね」
     枡野は自ら栗栖の手を握った。手から伝わる温かさに、今日までの出来事が鮮明に思い出され、栗栖は今まで流せなかった分の涙も含め、溢れ出た。
     そんな泣きじゃくる栗栖を見て、枡野は笑顔を見せた。
    「やっと笑ってくれた」
     クリスマスツリーにあるベツレヘムの星のように輝くその笑顔が見たくて、今まで懸命に彼女を見守り続けて来た。
     そしてこうやって、彼女の温もりを感じながら笑顔を見れた。
     長かった3年間がようやく報われた瞬間だった。
     
     これから2人は大変な思いをするだろう。
     戸籍も何もない栗栖聖也。それを支える枡野愛。
     戸籍はないから結婚もできない。就職も出来ない。生活保護も受けれない。
     けど、そんなことは2人の愛を前にしては瑣末なことであることは、サンタクロースは分かっていた。
     
     23時58分
     栗栖はサンタクロースをぎゅっと抱きしめ「今まで本当にありがとう」と何度も言った。

     23時59分
     薄れ行くサンタクロースは、教会中に響き渡る声で「メリークリスマス!」と2人に叫び、ホッホッホッ、と笑いながら姿を消した。

     外は雪が深々と、二人には愛が燦々と、降り注ぎ、二人は教会を後にした。


    【投稿者: 3: 寄り道】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      幸楽堂

      宗教がかっているところやサスペンス仕立てのところなど、私が大好きなジャンルです。じつは私も似たような小説を他サイトに発表しているのでなんか嬉しくなりました。私のような年齢になると脳が弱まって、作品の幹の部分……作者の主旨は、何回も読み返さないと頭に入ってきません。でも幻想的な雰囲気を味わうだけで楽しめる……こういう作風はあまり見られないので私は貴重だと思っています。まずもって栗栖聖也というネーミングからしていい、ひじょう~に雰囲気が伝わって、いいんです。サンタさんには神の力が宿っているようです。生き返りとは言え復活の希望があるし、永遠の愛とはこういうものかな…と思わせるような展開。愛を書き込んでゆくと現世だけではなく前世とか来世にも意識が及ぶという点で共感があります。また読み返して、独特の雰囲気を味わいたいと思います。


    2. 2.

      寄り道

      高評価ありがとうございます。
      栗栖聖也を生き返らせる案は、書き始めた当初から思いついてはいたのですが、どのように生き返らせるべきか迷いに迷って、1年目はバッドエンドで終わり、2年目に生き返らせようと試行錯誤したのですが、ここでいきなり生き返ったとしてっも面白味がないと思い、3年かかってしまいました。
      これからもこういった、ストーリーを書ければなあ、と思います。
      また高評価もらえるように精進します。