大学の敷地内に足を踏み入れた途端、端末に通知が殺到して、あっという間に100通を超えた。噂に聞いていた『サークル勧誘の嵐』だった。奇妙なものがたくさんあったが、その中に「涙の宇宙考古学者連盟」というものがあり、興味をひかれた。
覗いてみませんか、宇宙考古学!
そのメッセージを開いた途端、視界がぐにゃりとねじ曲がり、私は大学の正門から見知らぬエリアに転送されていた。ヴァーチャルリアリティってこういうところが困る。
そこは博物館の展示室のように開けた部屋で、あたりには宇宙船やら惑星やらの模型が所狭しと並べられていた。目の前には、古風なめがねをかけた白衣の研究者が立っている。長い黒髪を編み込んで、左右に垂らしている。彼女は私を見るなり、大げさな身振りで歓迎の意を示した。左右のおさげがぴょこぴょこ跳ねる。
「ようこそ!」
「転送に同意した覚えはないのですが」
「まあまあ、覗いてみたい、って思ったんだよね? それで同意代わりにさせてください」
釈然としないが、最近よくある手口だ。あっ、これ、上手く逃げないと入会させられる。
「その、考古学に興味があるわけじゃないんですが……涙の、っていうのが気になって」
「あぁ」
「なんで涙の、なんですか?」
「……深いわけがあってね」
気づくと私は、ティーセットが用意されたテーブルの前に座っている。ヴァーチャルリアリティはこれだから。
「まあ、飲みながら聞いて」
わけとやらが気になったので、お茶を飲むまでの間限定で、説明を聞いていくことにした。
それにしても奇妙な部屋だ。私たちの周りを、海底を周回する魚のように、よくわからない展示物が取り巻いている。例えば砕けた金属板。何か図像が刻まれているようだが、一部が粉々になっているため意味は取れない。その他、金の円盤や真っ黒な立方体等、多種多様なオブジェクトが回っているが、それらは“砕かれている”という共通点を持っていた。
「宇宙考古学連盟は、その名の通り、宇宙考古学者たちの連盟。出身星も種族も異なる人々の集まりなのです」
「はぁ」ということは、我らが地球出身の学者もいるのだろうか。目の前の研究者は一見、地球人類に見えるが、赤い目をした人類というのはなかなか珍しい。おそらく他の種族が“化けて”いるのだろうとは思うが、正体を暴く気にはなれなかった。
一度(地球人類の感性で)すごいイケメンに見える存在がいたので正体を暴いて見たら、食虫植物から進化した知的生命体だったことがあり、それでさすがに懲りた。
「さて、質問です」と研究者。「とある星に生まれた知性体が、宇宙に出る技術を得たとき、まっさきにやることは?」
彼女が話すたびに、複雑に編み込んだおさげがぴょこぴょこ跳ねる。触ってもいないおさげが跳ねるのって、どういう感情表現を意図してるんですか、という言葉を呑み込んで、私は答える。
「まだ見ぬ異星人に向けて、メッセージを送る?」
「その通り。電波を送ることもあれば、何かしらの物体を送ることもある。でもこれが、すんなり受け取られることはほとんどない。“見つからなかった”ならまだいい方」
「まだ?」
「多くはね、破壊されるんだ」
と言って、研究者は右腕を伸ばす。そばを通り過ぎようとしていた金属板が、ゆっくりと進行を止めた。それは粉々に砕かれて、無数の破片と化している。かろうじて残った右側の部分に、絵が見えた。
「人の……顔?」
「これが何か、“人類”の君ならわかるね」
「わかりません」
研究者が(ぴょこぴょことはねていたおさげごと)動きを止めた。彼女の小柄な体が徐々に石化していき、頭にひびが入るのを、私は無感動な顔で見ていた。最近またはやり始めた“非常にショックを受けたときのモーション”だ。バーンという音とともに粉々に砕け散ったかと思うと、数秒カウントして、また元に戻る。古風すぎて逆に新鮮。
「我ら、涙の、宇宙考古学者連盟。悲しさのあまりロシュ限界を突破しそうです……」
※ロシュ限界 惑星がその限界を超えて恒星に近づくと、惑星が破壊されてしまう距離のこと
彼女の胸のあたりに、解説用のパネルが表示される。バーチャルリアリティならではの演出だが、これで入会者が増えると思っているのだとしたら、いや、言わないでおこう。
とりあえず反応を返さないでいると、彼女は顔を真っ赤にして怒り出した。
「君も、地球から恒星間旅行をしてここまで来たんだろう!? 恥ずかしくないのかい! ここにあるのは、パイオニアの金属板だぞ!」
「あーパイオニア」
聞いたことはあったし、確かに歴史の授業で学んだはずだ。宇宙開発を始めたばかりの人類が、夢と希望を載せて送り出した探査機、パイオニア。その機体には、人類のことを伝えるための金属板が搭載されていた。描かれていたのは、太陽系を示す10個の円と、男女2人の絵。
「なんでこんなところに?」
「もちろん、これはレプリカだけれども、本物をもとに再現している」
「本物、こんなに粉々になったんだ」
「そう。本物のパイオニアは、君らの願い通り、地球外知的生命に遭遇した。だけどパイオニアを見つけたのは、当時同種族内で激しい戦争を繰り返したシリコン型生命体だったんだね。彼らはパイオニアも敵の兵器だと判断して、それを粉々に砕いた。砕いてから分析して、それが、知的生命体からの“手紙”であると気づいた……」
さっきまで怒っていた研究者が、今度は大きな目に涙をためている。白衣の袖で涙をぬぐう。左右のおさげがしんみり跳ねる。心なしか、あたりを回るオブジェクトが増えた気がする。どれもこれも細かい破片になっているので、さながら小惑星帯の中にいるようだ。
「これが」と、彼女は、涙を湛えた赤い目で私を見上げた。「涙の訳さ! 知的生命の多くは、宇宙に飛び出すとき、たくさんの“手紙”を送り出す。でもね、それが受け取られることはほとんどない。九割は発見されず、残りの一割も、多くは破壊されてしまう」
それで、私たちを回る残骸たちの意味が分かった。金の円盤、黒い長方形、光り輝く三角錐。何か不思議な力が働いて、それらが“壊される前の”姿に戻っていく。願いを込めて送り出された、その時の姿に。
「私たちの目的は2つ。1、砕かれた“手紙”をコレクションし、後世に伝えること。2、このコレクションをこれ以上“増やさない”こと」
「増やさない?」
「そう。私たちは全員で、既知の宇宙の全域を監視している。メンバーが少ないから、監視できる部分は既知宇宙の0.1%にも到底及ばないけれど。それでも、使命を持って活動している。誰よりも早く“手紙”を見つけ出し、誰よりも早く“保全”する。もう二度と、兵器や兵士に“手紙”を砕かせたりはしない」
彼女が手を伸ばす。すると私の端末に、“手紙”が着信する。
――入ってみませんか、涙の宇宙考古学者連盟
さすがにこれを無視できるほど、私の血は冷たくない。恒温動物だし。
赤い目を細めて、研究者がにっこりと笑う。複雑に編み込んだ左右のおさげが、楽しげに跳ねていた。
こうして私は、宇宙考古学の学徒となった。そのせいで大変なことに巻き込まれることになったのだけど、その時は、そんなことを知る由もなく、彼女の2つのおさげが、2頭の蛇(によく似た生き物)であることさえ、知らなかった。
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