新しい元号

  • 超短編 879文字
  • 同タイトル

  • 著者: 20: なかまくら
  • もうすぐ弟が生まれる。
    随分と年の離れた弟だ。12歳も違う。
    弟が生まれたころには、私は、セーラー服というのを着ている。私はズボンが好きだった。スカートはひらひらしていて苦手だった。男子の夢なんて詰まっていなかった。あるのは私の元気な脚と無駄にひらひらとした空気だけ。

    学校。ぽたりと落ちる廊下の水道の雫の音。先生の声。もうすぐ元号が変わる。
    「班で話し合ってくださーい」 机を騒々しく動かす。
    「○○ちゃんのお父さんは一味違うらしい」「へぇ~え、生まれが古いからね~」
    古いというのは、違うというのは、元号のことを言っているらしい。
    元号を何だと思っているんだろう。元号が変わった瞬間に、空の色がこれまで青かったのが当たり前だったのが、黄色いのが当たり前になったりするとでも思っているのだろうか。ドッヂボールで女子はあててはいけないルールが撤廃されると思っているのだろうか。給食の牛乳瓶が、総理大臣が、悲しい顔を気づかれていないと思っているあの先生が、いまだに私の苦手なあのピーマンが、当たり前に変わるとでも思っているのだろうか。
    私はもうすぐ中学生になって、少し離れた新しい学校へ行く。知らない校舎、知らない先生、知らない友達。変わらないことはない。お母さんは、弟の世話で大変だろう。お父さんは、いっそうお給料を増やすために働くだろう。私の足元は随分とグラグラとしている。

    弟が生まれても、私と弟の間には大きな崖がある。
    こっちにおいで! と叫んでも、元号の深い谷に断絶されてしまうかもしれない。私はそっちへ渡ることはできないの。古い人間なのよ、と悲しい顔をして、襲い来る滅びの炎に焼かれるしかないのかもしれない。いいや、その時、私はきっとこう言うだろう。「私はこの元号に生まれたの。あなたはあなたの元号を行きなさい」

    そんなことを自由帳に書いて、交換日記で渡したけれど、
    「この前授業で習ったモーゼの影響、はなはだしくない?」
    と、笑って言われたので、私も笑って、
    「未成年はセーフなの。次の元号も私たちの時代になるわ」
    そういって、余白に海賊の絵を書いた。弟も、私の隣で、笑っていた。

    【投稿者: 20: なかまくら】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      ヒヒヒ

      「年号が変わったぐらいでは何も変わらない」という冷めた目線と
      「自分は古い元号に生まれた世代である」という諦念、それを打ち消す
      「自分は新しい世代に属している」という自負が書かれていますね。
      うーん、思春期って複雑ですねぇ。


    2. 2.

      鉄工所

      奇遇にも、さっき13歳はなれた姉弟の母親とチャットしてました。
      海を超えて20年ぶりの会話
      知り合った頃は前の前の年号でw
      でも、何だかタイムテーブルは一つだからあまり変化を感じ無かったです。

      余談ですが余白に書いた車の絵は意外と、現代と合っていたのは自分達が未来を作ったからなのですね!


    3. 3.

      なかまくら

      >ヒヒヒさん
      感想ありがとうございます! そう、いろいろな思いが入り混じって、どこか素っ気なく見えたりしてしまうのが、若者なんだと思います。

      >鉄工所さん
      感想ありがとうございます! 偶然の一致! タイムテーブルって表現、なるほど、うまい言い方だな、と思いました。同じタイムテーブルの上に生きているんですよね。私たちは。