少年は、母に「ただいま」と告げ、まだ買ってもらって半年も経っていないランドセルを、最近、勉強机を置いて少し狭くなった自室のベッドに放り投げ、帰宅後恒例の洗面所で手を洗う作業を行い、食卓についた。
もうサラダは用意されていた。
夕食の支度をする母から「今日は何習ったの?」と訊かれたため、ボウルに盛られた色とりどりのサラダを見ながら「野菜って、虫に食われてるほど自然で育てられた野菜なんだって」と、三限目の “生活” で習ったことを口にした。
「へー、今そんなことも教えているんだ」
鍋が煮えるまでの時間、少年と向き合い話す母。
「自然で育てられた野菜って?」
少年は「ちょっと待ってて」と言い残し、自室に戻りランドセルからノートを取り、戻ってくると「なんか、薬を使っていない新鮮な野菜のこと、って先生が言ってた」
「そう。難し言葉で言うと薬を使ってない野菜のことを『ムノウヤク野菜』っていうの」そういうと、母は近くにあったチラシの裏にボールペンで『無農薬野菜』と書いた。
「あ!それ、先生も言ってた」
「最近の小学生は、難しい言葉も教えるんだね」
鍋がグツグツ煮えてきたので、料理を再開する母。
「今日は宿題出たの?」
「うん。算数の問題」
「どんなの?」
「虫食い問題だって」
「じゃあ、それ終わらせたら、ご飯にしましょうか」
少年は、また自室に戻り、算数の教科書とノートを持ってきて、食卓で解き始めた。
解き終わる頃には、食卓に大好きなカレーライスが並べられた。
「解けた?」母が、濡れた手をタオルで拭きながら、少年のノートに目をやった。
小学生の算数の問題なのだから、当たり前ではあったが、母は虫食い問題の答えを見ながら「やっぱり、虫食い問題なだけに、答えも自然なんだね」と含み笑いをした。
「どういうこと?」
「大人になったら分かるわよ。だから、今日もたくさん食べてね」
「はーい」
教科書とノートを傍らに置き「いただきます」と手を合わせ、農薬入りのカレーを食べ、大人になるべくおかわりをし、腹の虫も鳴くのをやめた。
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