会社説明会

  • 超短編 4,041文字
  • 日常

  • 著者: 3: 寄り道
  •  1,000人くらい集められたこの会場で数名が目を覚ますと、司会進行役の女性が声を上げた。
    「はい。それでは、数名が目を覚ましたようなので、会社説明会を開始致しますので、起きた人は近くの人を起こしてください」
     新入社員は、まだ状況を把握していないのか「ここはどこだ?」と声を荒らげる人も中にはいたが、そんな状況になることは毎年であり、司会の女性は、気にせずに進行していった。
    「それでは、社長からの挨拶です」
     還暦になるかならないくらいの白髪の男性が壇上に上がり「静粛に!」といきなり怒鳴った。
     静まり返る会場を見渡し、先程よりもだいぶ抑えた声で「皆さん。私の会社に入社して頂き、有難うございます」と礼を言う。
    「ここはどこだ!」「俺たちをどうするつもりだ!」
     そんな新入社員の質問をよそに、社長は話し続ける。
    「ここに集まったあなたたち全員は、新卒であるにも拘わらず、数々の面接に落ちた、出来損ない。いわば、負け犬の人たちです」
     そんな酷い言葉を受けた新入社員は「いいから、俺たちの質問に答えろ!」とまた声を荒らげた。
    「黙れ!」また社長が怒鳴る。「お前らは、そうやって質問すれば答えが返ってくると、本気で思っているのか?いいか、周りの人の顔をよく見てみろ。お前たちは社会に負けたんだ。負け犬なんだよ。だからここにいる。そんな負け犬を救ってやったのが我が社だ。分かったら有難く思って、静かに聞いてろ。負け犬共め!」
    「負け犬って、俺たちは一生懸命に頑張った」
     傍らから「そうだ」「そうよ」と声が飛び交う。
    「まだそんな甘ったれた言葉を使うのか。いいか ‟一生懸命” ‟精一杯” そんな言葉は、お前たち負け犬が寝たり遊んだりしているときに、遊びもせず睡眠時間も減らし、勉強して資格の1つでも取ろうと奮起した人、優良で優秀な会社に入ろうと努力を惜しまなかった人が、他者から初めて言われて成立する言葉なんだ。断じて自ら使う言葉ではない。そんな重い言葉を容易く使うから、そんなんだからお前たちは負け犬になったんだ。恥を知れ!」
    「社長、力強いお言葉、有難うございました。それでは次に、会社の説明を、本部長から話して頂きます」
     30代くらいの男性が壇上に上がる。
    「それでは今から会社の説明をして行きますが、先程の社長の激励で帰りたくなった方は、遠慮せずに帰ってもらって結構です」
     すると後方の扉が開いた。
     張り詰めた空気の中、椅子を引く音とともに、約半数の人が立ち上があっり、扉に向かった。
     その光景を見た本部長が「今、出て行かれようとした負け犬共。これから先、どこにも就職できないと思って下さい。我々には様々な力があるので、あなたたちが無職のまま生涯を終えることなんて、容易くできます。つまり出て行くということは、そういうことなのです。せっかく助けた恩を仇で返す。負け犬の中でも最低最悪な負け犬です」
     本部長の言葉を背中で受け止めた殆どの人が席に戻るも、あんな説明があったのにも拘らず、出て行く人も幾人かいた。
     毎年のことだ。
    「戻ってきてくれた、新入社員の皆さんに敬意を表します。それでは会社の説明を始めます。我々の仕事内容を説明するにあたり、一番の大きな問題。それは、日本の抱えている負債の額。いくらだか分かりますか?」
     本部長は、目の前に座っていた、男性に指を差す。
    「1,000兆円、ですか」
    「負け犬であっても、しっかりと勉強してきたようだ。そう。1,000兆円。今では、約1,100兆円まで上っていると言われています。ですが、そんなに借金があるのに、あなたたちは、国の多額な借金を恨んだことはありますか?」
     先程答えた男性の隣に座っていた女性に指を差す。
    「ないです」
    「そう。我々は国の借金を恨んだことはない。それはなぜか。端的にいうと、国は借金などしていないからです。それはどういうことなのか。それが、我々に関わってくる仕事の内容です」
     本部長はポケットにしまってあったペットボトルの水を取り出し、一口飲むと、司会の女性に目で合図した。
     すると女性は、会場内を囲んでいた社員らしき人物に合図をして、やがて新入社員の手元に、資料が届いた。
    「これから話すことを立て板に水の如く話しても、負け犬の皆さんは理解に苦しむでしょうから、資料を渡しました」
     新入社員全員に届くのを見守り、また話し始める。
    「我々が作っているものそれは『お金』です。でも、あなたたちがこれまで手にして来たお金ではなく、国や政治家を動かすためのお金。つまり、国が認めた『裏金』を作っています」
     会場内はまた騒がしくなる。
    「では、なぜ国に借金があるように見せているのか。それは我々国民を働かせるため。働かせ納税させ、働いた給料で買い物して納税させ、その税金という目に見えるお金が必要だからです。では裏金で税金を補えないのか、という疑問が生じてきます。結論を先に述べると、補えません。それはなぜか。まず皆さんが払って来た税金はどこに行くか、分かりますか?」
     先程の男性とは違った男性に指を差す。
     しかし、男性は答えられない。
    「彼は一体何を勉強して来たんでしょうか。だから負け犬になったのですが。いいですか税金は、教育費・社会保障・街づくりなどに使用されています。ですが、そうはいっても、皆が払っている税金のごく一部にしか過ぎません。大体は、他国からの輸入品や、武器を購入するのに使用されています。ではなぜ、それらをこの裏金で賄えないのか。それは、もし裏金の存在を他国に知られたら、今まで購入して来たものが高騰するからです。高騰したら、それこそ日本が借金国になってしまう。そうならないために、裏金は透明じゃないといけない。存在を知られてはいけない。知っていい者は、国を動かす者のみ。天皇や総理大臣。また各省のトップ。それらの人のモチベーションや必要経費の補填として使用されています。と、まあ、話は一旦ここで終了しますが、分からない点があればいつでも聞いて下さい。入社した皆さんの質問になら、しっかりと答えます」
     本部長は一礼すると、壇上を下りた。
    「本部長、有難うございました。続いて、勤務時間や給料、その他諸々を、経理部長から話があります」
     40代半ばの女性が壇上に上がった。
    「明日から皆さんは、ここで汗水垂らして働いてもらいますが、働く以上、もうおうちには帰れないと思って下さい。皆さんには一人一人、部屋を割り当てられ、そこでこれからは暮らしてもらいます。そして労働に関してのことなんですが、皆さんには1日24時間で働いてもらいます。時給は1万円です。もう一度言います。時給1万円で24時間労働です」
     また騒がしくなる。
    「労働基準法、逸脱しているじゃないか!」また誰かが声を荒らげる。
    「うるさい!黙れ!負け犬が!」優しそうに見えた経理部長の女性が怒鳴る。「いいか負け犬よく聞けよ。この会社は、国が全面的に認めてるんだよ。そしてお前たちは負け犬。そんな負け犬に、労働基準法なんてある訳ないだろう」
     怒鳴り声が、会場内に反響する。
    「ですが」優しい声に戻った。「負け犬であっても人間には変わりない。休息は必要不可欠。ですから、1時間2万円で時間を買ってもらいます。つまり、1日休みたいのなら48万円支払って頂ければ、休ませてあげます。この会社には、スーパー並びに飲食店、娯楽施設、最新医療が揃った病院、それに教会。全てが揃っているため、何不自由なく暮らせます。ですから、もう二度とあなたたちの家族には会うことはできず、ここで一生懸命、精一杯に、裏金を作ってもらいます。この説明会が終わり次第、今使用しているスマートフォンや携帯は廃棄し、新たにスマートフォンをお渡しします。外部との連絡は一切できません」
     また騒がしくなるが、話は続く。
    「このスマートフォン一台で、全ての施設を利用できます。一ヶ月で働いた額から、施設で使用した額を額を差し引いた金額を、支給額とします。もし支給額がマイナスになった場合は、働かざる者食うべからず、ということで、一ヶ月間休息なしで働いてもらいます。いいですね。当たり前ですが、頑張った者には昇給だってあります。現に、先程、会社説明をして頂いた本部長は、時給100万円で働いてもらってます。真面目に働いたら、働いた分の給料がもらえるのは、どこの会社でも一緒です。ですから、明日からの皆さんの働き、楽しみにしています」
     経理部長が一礼し、壇上を下りて行った。
    「さて、これにて会社説明会は終わりなのですが、説明を聞いて帰りたくなった者は帰ってもらって結構です。が、帰ったらもう二度と働けません。そして、今説明された内容は、これから渡すスマートフォンにアプリとして組み込まれていますので、退出時、所持しているスマートフォンと交換して下さい。隠し持っていたとしても、我が社の電話しか受信も送信もできません。まあ、思い出の写真や動画があるようでしたら、我が社のスマートフォンに移すことはできます。そして先程渡した資料は、スマートフォンを渡す前だったのでお配りしたものですので、必要がないと思われる方は、自室にて捨てて下さい。それでは最後に、社長から話があります」
    「今こうして残っている新入社員の皆さんは、負け犬ではありますが真の負け犬ではありません。今、司会をしてくれた女性にしろ、本部長、経理部長、周りを取り囲んでいる社員、それに私。皆、最初はあなたたちと同じ、負け犬だったのです。ですが、毎日毎日、寝るのも惜しんで働いた結果、こうして重役に就いている訳です。ですから皆も努力を惜しまずに働けば、何不自由のない生活を送れます。ですから新入社員の皆さん、明日からの働きぶりに、期待しています」
    「社長。またまた力強いお言葉、有難うございます。それではこれにて、会社説明会を終了致します。近くにいる社員に従い、行動して下さい」

     こうして黒のリクルートスーツに身を包んだ働き蟻は、会場を後にした。  

    【投稿者: 3: 寄り道】

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    コメント一覧 

    1. 1.

      なかまくら

      一人一人に字ごととは全く関係のない人間関係があって、でも、社会に出たとたんに時間が取れなくなって、隔離されたように働かされてしまう。それでも、負け犬とは言われたくなくて、それを選んでしまう・・・そんな日本のやり直しがきかないように見える社会をよく風刺している作品だなぁと思います。