バレンタインを間近に迫ったある日。
いつものように、先輩と飲んでいた。
「もう少しでバレンタインかあ」
どこもかしこもバレンタイン一色で、ここの居酒屋でもバレンタインに合わせたメニューが期間限定であり、それを見ながら呟いた。
「もらえる相手でもいるの?」
「いないですよ。僕みたいな人に、くれる女性なんて」
「なら。私があげようか?」
「え!?」先輩の目を見る。
「いや、先輩としてだよ。いつも飲みに付き合ってもらってるし、そのお礼として」
「それでも嬉しいですよ。女性からもらえるなんて」
「分かった」
そして当日。また先輩に飲みに誘われ、そこで一つの小さいチョコをもらう。
「チロルチョコって」
「嫌ならいいよ。返して」
「いや、もらいますよ。有難く」
「来月、楽しみにしているから」
そして3月14日。ホワイトデー。
初めて、僕から先輩を誘う。
僕が渡したのは、紅茶の詰め合わせ。
いつも会社で先輩が紅茶を飲んでいたから、好きだと思って、購入した。
「何これ?」そういって、包装を開ける。
「紅茶です」
「紅茶かあ。まあ、良しとするか。好きだし」
「なら、良かったです」
そして1年後のバレンタイン。
先輩からは板チョコ。
僕からは、小さい熊の縫いぐるみ。
そして1年後。
先輩からは、12種類の違ったチョコの詰め合わせ。
僕からは、ネックレス。
ネックレスを購入する際、店員から「彼女さんにですか?」と訊かれ、慌てて否定した。
ネックレスを先輩に渡すと、すぐに付けてくれた。
いつもはテキパキと仕事をこなし、部下の悩みも親身になって聞きアドバイスをする、頼もしい先輩と思っていたけど、ネックレスを付けた先輩を初めて “可愛い” と思い、少し照れた。
そんな僕を察してか「何、顔を赤くしてるの」と弄ってくる。
「お酒が回っただけです」と否定する。
そして1年後。
先輩は手作りのチョコをくれた。
「趣味の一環で作ったから」と前置きし、僕に寄越した。
有難く戴く。美味しいチョコだった。
僕が渡したネックレスを今でも付けてくれている。
そして僕はホワイトデーに、指輪を渡した。
去年がネックレスだったため、何を渡したらいいのか迷った挙句の結果だった。
先輩は驚いたものの「ありがとう」と言い、右手の薬指にはめた。
そして1年後。
先輩からのバレンタインは何もなかったが、帰り道、初めて手を握った。
僕はホワイトデーに「付き合って下さい」と告白した。
そして1年後のバレンタイン。
その日は初めて、先輩の家にお邪魔し、手料理を振る舞われた。
僕はホワイトデーに、何も渡さなかったが、意を決して『結婚』を申し込んだ。
先輩は何も言わなかったが、右手の薬指にはめていた指輪を、左手の薬指にはめた。
小さなチョコから始まった先輩との物語。
終わりを告げたのは、小さな指輪だった。
しかし、その終わりを告げた小さな指輪が、また、2人の物語を紡いでいった。
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